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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 8
「ゆき……雪也。もう眠ってしまった?」
「兄さま……!」
雪也はベッドに腰掛け、もどかしそうな表情を浮かべていた。
そして、僕が声をかけると、幼い頃のように両手を広げて僕を求めてくれた。
こんな雪也は、久しぶりに見る。
10歳も年下の雪也。両親が亡くなった今……僕はお前の父となり母となり、兄として……何でも相談に乗るよ。
「雪也、今日は客人が多くて疲れただろう?」
「兄さま、このお屋敷も、どんどん変わっていきますね」
「そうだね。もしかして……変化に戸惑っている?」
「うーん、よく分からないんです。僕、なんか……変で」
「……兄さまには、話せそう?」
「あの……あの、女の子、可愛かったですね」
「そうだね、桂人さんの妹さんだけあって、本当にお綺麗な子だね」
「僕……慣れて無くて……そうだ、きっと女子と話すのになれてないせいです!」
雪也が必死に弁明する。
僕は黙ったまま、静かに弟の言い分を聞いた。
「慣れてないから、心臓がドキドキしたり、頬が熱くなって、いつもの調子が出なくて」
「いつもの調子?」
「僕……もっと上手に対応できたはずなのに……誰にも迷惑かけないように、そつなく……」
雪也の言葉に、切なくなってしまった。
この子は、心を早く大人にしなくてはいけなかったのだ。
僕と二人きりになって、我が儘なんて言ったことは無い。いつもいつだって物わかりのよい、聞き分けのよい弟だった。
「雪也、いつもの調子だなんて……まだ雪也にはいらないよ。お前はまだ15歳だ。いろんな感情を抱いて、感情に振り回されてもいい時期だよ。いろんな感情を学んで……恋も愛も……嫉妬して気持ちや妬む気持ち、そういう気持ちだって、生きていくには、つきものだ」
僕の言葉に、雪也は意外そうな顔をした。
「兄さま……そうなんですか。それでもいいのですか。あ、あの、僕……本当は少し嫌な気持ちになってしまったんです」
「ん?」
「春子さんがあまりに桂人さんにべったりなんで。って、僕だって人のこと言えないですよね。兄さまにべったりだったくせに、こんなこと言える立場ではないのに……春子さんが憧れの眼差しを桂人さんに向けた時、胸の奥がズキンと痛んで、痛かったんです」
なんと……恋煩いなのかな。それは……。
あぁ、僕はやはり海里さんの仰る通りまだまだ初心で、良いアドバイスが出来ないよ。
「雪也と春子さんは今日出逢ったばかりだろう? 春子さんが生まれた時から、桂人さんとずっと一緒で、桂人さんに育ててもらったようなものだから、まして10年ぶりの再会だ。無理もないよ。でもね……これからだよ。雪也のことを見て欲しいのなら、雪也からゆっくり歩み寄ってみるといいのでは……って、僕がアドバイスするようなことではないが」
「兄さま! やっぱり僕の兄さまは素敵です。とても優しい考え方をしてくださる。僕、そうですよね。初対面なんだから、まだまだ、これからですね」
「くすっ、春子ちゃんが、気になるんだね」
「兄さまにだけですよ。秘密にしてくださいね」
手術をしてから急にぐんぐんと背が伸び出した雪也が、とうとう恋をした。
人は変わっていく。
成長していく。
それを見せてもらっている。
それはずっと僕が願っていた、大人の階段を上り始めた弟の姿だった。
雪也は大人になれる。
それが嬉しくて、人知れず浮かんだ涙をそっと拭った。
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