まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 9

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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 9

「にーたま」 「なんだ?」 「あのね……呼んだだけ」 「……さぁもうお休み」 「うん、あのね」 「なに?」 「うれしくて、うれしくて眠れない。それにこの布団、ふわふわで地上から浮いているみたいで……落ち着かないの」  春子は布団に潜ったものの興奮した様子で、すぐには寝付けないようだった。そもそもベッドで眠るなんて、初めてだろう。  おれはもう多少のことには動じなくなったが、春子はまだ16歳になったばかりで、あの村しか知らない純真無垢な女の子なのだ。 「春子、こっちで寝るか」 「いいの?」 「あぁ、おいで」  おれが座っているフローリングの上のラグに呼び寄せると、ピンク色のパジャマ姿の春子が嬉しそうにやってきた。 「にーたま、やっぱり優しいね。春子が小さい時もよくこうやってくれたわよね」 「お、おい、動くな」  おれにもたれ、そのまま膝枕することになった。擽ったいな。 「にーたまだって、ばばちゃによくしてもらっていたよね」 「覚えているのか……ばばちゃのこと」 「うん。まだ小さかったけど、道祖神さまみたいに頼もしくて、優しかったね」  春子の言葉に、祖母を思い出す。  ばばちゃ……ばばちゃは、おれを心底可愛がってくれた人。    今のおれの姿を天国から見ているのか。  それともあの村境の道祖神のままか。 「春子、もう寝ろ。寝付くまで膝枕しているから」 「ありがとう」  春子の寝息が聞こえるまで、こうしていよう。  おれの妹……ずっと会いたかった子だから。  だが……おれ、春子が寝付いたら、テツさんに会いたい。  春子がおれに甘えるように、おれはテツさんに……無性に甘えたい。  駄目ですか。  **** 「テツさん、春子を寝付かせたら戻ってきますから、待っていて下さい」 「いや、俺のことはいいから、無理すんな。今日は朝までついていてやれ」 「……ですが」 「さぁ、しっかり妹の面倒をみてこい」 「……テツさん」  桂人は何か言いたそうにしていたが、そのまま唇を噛みしめてしまった。  俺は強がってしまったのだ。まったく恋愛に不慣れな俺には、こんな時、何が最善の答えか分からなくなる。 「あー余裕がない、情けない」  髪を掻きむしると、ドアをノックする音がした。  桂人か!  急いで扉を開けると海里さんだった。 「どうしたんです?」 「いや……悪いな。少し時間が空いたので、テツに差し入れを持って来たよ」  海里さんは赤ワインの瓶を握りしめ、桂人の不在を知っていたかの如く、ズカズカと遠慮無く部屋に入っていた。 「やっぱり桂人は妹のところか。なぁお前、少し寂しいんじゃないのか」 「参りますね……海里さんには何でもお見通しだ」 「長い付き合いだからな、テツとは。どれ、一緒に酒を少し飲まないか」 「柊一さんは?」 「今日は雪也くんとゆっくり話しているよ」 「なるほど」  肉親の情……それは大切にして欲しい。  その反面、早く俺の横に戻って来いと願ってしまっていたのだ。 「テツ、人の感情って厄介だよな。一番大切なものが何か、ちゃんと分かっているくせに、やきもきしてしまうものだな」」 「恥ずかしいです……あいつを愛しているし信じているし、やっと再会出来た妹と仲良くして欲しいのに……」 「素直だな。まぁ俺も似たようなもんだ。やっとアーサーの気持ちが分かった」 「それは……瑠衣ですね。海里さんにとって、瑠衣さんがそういう存在ですよね」 「あぁ、テツにも実直な弟がいるよな。彼は今回の禊ぎにあたり、本当に働いてくれたよ。分家の情報の橋渡しをしてくれ、雄一郎兄さんも一目置いていた。お前の弟がいるから、あの村は再建できるだろう」  弟の実直な笑顔を思い浮かべると、懐かしくなった。  あいつになら、任せられる。あいつは桂人を救うことは出来なかったが、社に幽閉された孤独な桂人にとって、長い年月支えとなってくれた。   「ありがとうございます」  巡り会いとは、不思議だな。  こんな夜は……今、俺がここにいるのは、すべてが必然だったとしか思えなくなる。  桂人に出逢えて良かった。  少しでも歯車がずれていたら……  そう思うと、やはり会いたくなってしまった。 「テツ……大丈夫さ。桂人はここに戻ってくるよ。あいつはそういう男だ」 「柊一さんも戻ってきますか」 「あぁ、そろそろかな。俺は行くよ、テツもそろそろ迎えに行ってやれ」  それぞれの愛する者の元へ行こう!  そう言われているようだった。  
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