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番外編『春の雪』エピローグ
春子ちゃんが冬郷家を去ってから、あっという間に3ヶ月が過ぎた。
さぁ、今度は僕が旅立つ番だ!
大きなスーツケースに荷物を詰めて廊下に出ると……
そこには紺色のスーツ姿の瑠衣が立っていた。
「瑠衣!」
「雪也さま、お支度は出来ましたか」
「本当に……わざわざ迎えに来てくれてありがとう」
一段と麗しくなった瑠衣が、優美に微笑んでくれる。
瑠衣は英国留学に行く僕のために、1週間前に遙々英国から単身で迎えに来てくれていた。
「桂人の執事の仕事ぶりをそろそろ確認したかったので、ちょうど良かったのですよ。さぁ、お荷物をお持ちします」
「あ……大丈夫だよ。僕ね、これからはなるべく率先して自分のことは自分でやってみるよ」
「はい、分かりました」
「英国では寮生活だから、今から少しずつ慣れていかないと」
「そうですね。応援しています」
春子ちゃんとの別れの朝、海里先生に『英国留学したい』と申し出たんだ。
瑠衣がいる英国を希望したのは、兄さまの心配を軽減したかったから。英国には瑠衣がいるし、海里先生の従兄弟のユーリさんもいるから。
英国滞在中の家に、アーサーさんのご実家を勧められたが、自ら学校の寮生活を希望した。
何もかも一から一人でやってみたい。幼い頃から両親と兄さまに守られて生きてきた僕だけれども……長年の病気を克服した今こそ、再スタートの時だ。
兄さまも海里先生も……僕の決心を伝えると、静かに受け入れて後押しして下さった。
「瑠衣の用事は、もう済んだの?」
「はい、この一週間で母のお墓参りや桂人に新しい仕事も教えられました。とても有意義でしたよ」
「ごめんなさい。わざわざ……」
「とんでもない。お役に立てて嬉しいのですよ。日本に帰ってくる口実も出来ましたし」
「アーサーさんは?」
「生憎……今回は仕事が忙しく」
「これからは英国で会えるね」
「はい、英国の空港まで迎えに来てくれますよ」
瑠衣が嬉しそうに微笑む。きっとそろそろアーサーさんに会いたいのだろうな。
「雪也さまには……いつか遊びにいらして欲しいと思っていたので、夢が叶いました。嬉しいです」
「僕もずっと夢見ていたよ、初めての外国なんだ……楽しみだよ」
重たいスーツケースをなんとか一人で階段下まで下ろすと、兄さまと海里先生が心配そうな顔で並んで立っていた。
「雪也、もう行くんだね」
「うん……兄さま、海里先生、行ってきます!」
「雪……ゆき……っ」
兄さまは涙ぐんでいた。生まれてから……片時も離れたことのない兄弟だったから無理もない。
僕もいざとなると……少し寂しい。
「兄さま、少しの間です。僕も春子ちゃんのように、二十歳になったらここに戻ってきます。それまで……どうかお元気で」
「ゆき……身体にだけは気をつけて。無理をしたら駄目だよ」
「はい」
「雪也くん、俺も高校から大学の途中まで英国で過ごしたんだ。いい国だよ、君も青春を謳歌しておいで。そして逞しくなって戻っておいで」
「はい!」
二人があの日のように……光の輪の中に誘ってくれる。
だから僕は……最後に一度だけ、輪の中に飛び込んだ。
そして……そこから自分の足で飛び出した。
※まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』了※
あとがき
****
番外編を最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
いつもスターやスタンプ・ペコメに励まされていました。
『鎮守の森』は、少しお休みに入ります。
二十歳になった雪也と春子の話も……需要あればまた書いてみたいです。まだまだ不安定な桂人のことも……。
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