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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 1
「こっちだ」
「わぁ……にーたま、ここが東京なのね」
「あぁ、驚いたか」
「驚くというよりも……ワクワクする!」
東京の人混みに……春子も流石に怯むかと思ったが、相変わらず目をキラキラと輝かせたままだ。
おれが上京した時とは正反対だな。
当時のおれは死に急いでいた。あぁ、これでようやくあの女性の復讐を遂げて、おれはばばちゃの所に逝ける。そんな気持ちで、森宮家まで歩いたのだ。
テツさん、あなたに会わなけれだ、おれはもうこの世にいなかったかもしれない。
テツさんとの出会いが、おれの運命を変えたのだ。
今、血の繋がった大切な妹と再び東京にやってきて想うことは、ただ一つ。
テツさん、あなたが好きだ、あなたなしでは、もうおれではない。
「にーたま? さっきからどうして、そんなにテツさんをじっと見つめているの?」
「あ……いや、なんでも」
まずい。田舎で育った無垢で年若い妹にとって……同性が愛し合う世界は、到底理解出来ないだろう。お前を驚かせたくないから、気をつけないと。
「あぁ~お姫様にでもなった気分よ」
「え?」
「だって、外国の王子様と、日本の王子さまに囲まれているんだもん」
ユーリさんは理解できるが……
「テツさんが王子?」
「ううん、違うわ。にーたまが王子さまなの!」
「え?」
黄色のワンピースを着た春子から、全身を見つめられて、照れ臭くなった。
おれの容姿なんて……禍々しいものだ思っていたが、春子にはそんな風に見えているのか。
「春子、じゃあ……俺はなんだ?」
「テツさん? テツさんはね……えっと、私と同じ立ち位置の、一般人かな」
「ははっ。参ったな。あぁ、俺はそれ位の立ち位置がいい。気が合うな」
テツさんが明るく笑った。
いいな。朴訥とした人柄のテツさんは、裏表なく私欲に塗れていなく、本当にいい。
きっと……鎮守の森の、春子を守ってくれたあの樹木の生まれ変わりなのだ。
そう思うと、早くあの太く逞しい腕に抱かれたくなった。貫いて欲しくなった。
「にーたま、またぁ……ジロジロ見て」
「あ、いや。そろそろ着くよ。冬郷家に……そこが今の……おれの家なんだ」
「とうごうけ? そこには……どんな人が住んでいるの?」
「えっと、ユーリさんの従兄弟、海里先生というお医者さまと、それこそ王子さまのような、柊一さんと雪也くんがいるよ」
「まぁ、美しい男性ばかりなのね。私……大丈夫かな?」
「春子にも何か仕事があるかも……柊一さんに、相談してみよう」
春子は、おれを救うために、自ら髪を切り落としてしまった。切りっぱなしの揃わない髪に、少し寂しげに触れた。
「私……まるで男の子みたいだね」
「そんなことない! 春子は可愛い妹だ!」
「ありがとう!にーたまは、私が小さい時からいつもそうやって励ましてくれた」
「本当のことだ」
「あ、黄色い秋桜……」
春子が道端に咲く秋桜の前で立ち止まったので、花を髪にさしてやった。
「やっぱり、お前には……黄色が似合う」
以前の名前は忘れてしまったが、今、目の前にいるのが……おれが可愛がっていた妹に間違いない。
そう確信した瞬間だった。
「あ、あのお屋敷なの? すごい!」
「そうだよ。あそこには……まるでおとぎ話のような世界が待っている!」
あとがき(不要な方はスルーで)
****
切ない番外編は終わり、今度は明るめな番外編を書いてみたくなりました。
『まるでおとぎ話』の世界と、ドッキングしていきます。
こちらのお話は、まるでおとぎ話の最終話の1年後なので、雪也はもう手術を終えています。オールキャストの世界。もう少しだけお楽しみいただけたら、嬉しいです。
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