岩の中の聖者

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 葬礼が終わった数日後、エダンはバルバロの岩へと向かった。内部の片付けを命じられたからだ。棺に納められた老人は、ひとまわり小さく見えた。葬礼の中で、エダンは岩の中の聖者のために歌った。罪を犯し、神を想いながら石像を掘り続けた男のために歌った。初めて入る岩の中は冷ややかな汗をかいていた。吐く息が白い。所々にのみが散乱していて、ページを開いたままの聖書が落ちていた。  最奥部にたどり着き、エダンは息を呑んだ。  暗闇の中に、大小さまざまな石像が取り巻いていた。全てに彩色は施されていなかった。それでもエダンの目には、生き生きとした色が見えた。ゴリヤテを倒した若かりし頃のダビデ。義母のために麦を拾うルツ。全てを失ったヨブ。イエスに香油を塗るマグダラのマリア。イエスを一眼見るためにイチジクの木に登ったザアカイ。  そして、赤子のイエスを抱く聖母マリア。  全てが神の周りの、罪深い人間たちだった。  エダンはその一つの聖母マリアに触れた。石で作られた聖母は冷たかった。だけど、どこまでも温かい存在のように思えた。ならば、この聖なる石像を掘った、十戒を全て破った男も、同じような温かみを持っていたのだ。同じ温度なのだから。蝋燭が唯一の光源を作る中、無限の泉が湧き出るようにエダンは声を伸ばす。過剰に反響する音を意識する。望む人間がいるのであれば、これからも歌い続けなければならない。  聖母の瞳から涙がこぼれたように見えた。    
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