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六月、茹だるような暑さは続くが、松本やその弟子の指導により去年の今頃よりも仕事から離脱する隊士は格段に少ない。
今日も相変わらず物好きな松本良順が屯所にやって来ていた。
「あの、今何と?」
「有り難くもこの松本良順が直々にお前に傷の縫合術を教えてやると言ってるんだ。聞き逃すんじゃねえ。」
「いや、聞き逃した訳と違うと言うか…。しかしありがたいことですけれども何でわてに?」
珍しく困惑顔を隠さずに出す山崎の様子を面白がりながら、土方が答えた。
「実家が鍼医だったと聞いたのを思い出した。何でも器用にこなすしお前が適任だと思って松本先生にお願いした訳だ。」
「しかし鍼医であって医者では…」
「んなもん大体でいいんだよ。怪我人を前にして不安がらなきゃ、ぶっちゃけ何でもいいさ。」
何てめちゃくちゃな医者なんだと思いながら、自分には断る権利などほぼないことを山崎はきちんと理解していた。
「わてで良ければ、新選組のお役に立てることなら何でも。松本先生には色々ご指導いただくことになりますが、よろしくお願いします。」
「おう!いい心がけだな。」
「頼む山崎。」
「せやけど、監察の仕事の方は?」
「それも引き続き頼む。だが隊内の調べは他の奴にやらせるつもりだ。いつも見えない所で働いてくれているが、陽にあたる仕事をするのもいいだろう。」
「目立ちたいと思ったことはないですけど、そういう事ならたまには大きい顔させてもらいます。」
山崎の言葉に土方が満足気に頷く。
「あの、うちは何で呼ばれたんでしょう?」
「初、お前は病人の看病ができるようになれ。」
土方の言葉に初は目をぱちくりさせた。
「女子のうちが?」
「案外、こういうのは女子の方が向いているかも知れんぞ。異国ではナースという看病する女子がいる。」
「うち、何の知識もあらしまへん。」
「心配するな。俺が教えてやるし、大抵の病はお嬢ちゃんが優しくしてくれれば治る。男とはそういうものだ。」
「そんな元も子もないような…」
「まあ、急にできるようになれとは言わねえ。そういうつもりで松本先生に習ってくれ。」
そんな訳で山崎と初は松本から様々なことを習うようになった。
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