その時は突然に

3/11
74人が本棚に入れています
本棚に追加
/393ページ
 初の実家の墓は西本願寺から二条城を越え、北野天満宮の近くにある。  屯所から半刻はかかるその墓は初がたまに参る以外誰も訪れない。  放っておけば伸び放題な草を沖田に少々手伝ってもらいながら抜いて、周りを綺麗にしてから手を合わせた。 『父上、母上、兄上、初は元気にやっております。何も心配せんといてくださいね。』  初が墓参りをしている間、沖田はその後ろ姿を少し離れたところで眺めていた。 『江戸のお墓は姉上と義兄上が守ってくれてるんだよな。』  父との思い出はかろうじて絞り出せるくらいにしかなく、母は顔すら知らない。  子供の頃、墓参りはただついていくだけで何をすればいいかわからなかった。  そんな自分の隣で、真剣な表情で何かを祈っていた姉の姿が初と重なる。 『もう、姉上には会えないかな。親代わりになってくれたのに、孝行の一つもできなかった。』  思わず長いため息が出た。 「待ちくたびれてしもた?」  突然初が振り返った。 「いや、考え事してただけ。それより邪魔しちゃった?」 「たまたま今終わっただけや。そしたら次は光縁寺に行って山南はんに挨拶しに行きまひょ。」  山南脱走の一件の後、どうやって仲直りをしたかあまり覚えていないが、その話をすることだけはなかった。  だから案外あっさり山南の名前が出てきたのも、それを受け止められたことにも、何となく進歩した感じがある。 「あのさ、一つお願いがあるんだけど、時間ある?」 「夕餉より少し前に戻れるんやったら。どないかした?」 「光縁寺の後に壬生寺にも行きたいんだ。」 「ええよ。奥沢はんとか?」 「うん。後もう一人前にお世話になった人がいるから。」  光縁寺の山南の墓は隊士たちが近くに用があれば必ず寄るので、綺麗に保たれている。  今度は二人で手を合わせた。 「山南さん、今どうしてるかな?」  沖田が墓を見つめながら呟いた。 「山南はんは、ずっと新選組を見守ると約束してくれはった。せやから、いつもの優しい表情で見てくれてはるんやと、うちはそう思ってる。」  初の言葉に沖田は頷く。  また来ます、と声をかけ、二人は光縁寺を後にした。
/393ページ

最初のコメントを投稿しよう!