その時は突然に

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「大切な人が他人に殺されたことは僕にはないから、殺したいほど憎いとか、そいつらが生きていることが許せないとか、わかるようでわからない。でも…」  沖田は泣いている初の正面から隣に移りながら、呟くように話した。 「人を殺した後に残る苦しさとか、虚しさとか、気持ち悪さとか、罪悪感なら知ってる。そういう物を味わって欲しくない。もちろん、彼らにはちゃんと償ってもらうけど、こんな酷い奴らのために手を汚す必要なんてないんだ。」  自分がどうして泣いているのかは自分でもよく分からなかった。  これと言った理由はないのかもしれない。  強いて言うなら、悔しさや情けなさはもちろんあったけど、もっと色々な感情が一気に押し寄せてきたからな気がした。  だからだろうか、泣くだけ泣いた後は何だか気恥ずかしさが残った。 「あの、おおきに。また、助けてもらってまった。」 「僕はいいけど、あんなことしてたら命がいくつあっても足りないよ。」 「反省します。」  立てる?と言いながら差し出してくれる手を握って立とうとした時、遅ればせながら左足の痛みに気づいた。 「ごめん。強く突き飛ばしすぎたから…」 「そのおかげで助かったんやから沖田はんが謝ることやないやろ。」  沖田は初の足の様子を見て少し顔を顰めると、先ほどの手拭いで簡単に足首を固定した。  濡れているのだが文句は言えない。 「屯所に戻ったらちゃんと手当てするから、これで我慢して。腫れるから動かさないで。」 「あの…」  声をかけられて沖田が振り向くと、八木家の当主源之丞が立っていた。 「ああ、わざわざ八木さんに来ていただいてすみません。」 「それはええです。これが頼まれとった縄、お西さんに使いも出しときました。すぐに来る思います。」 「助かりました。ありがとうございます。」  慣れた手つきで浪人たちを縛り上げる様子を子供たちが面白そうに眺める。  そんな彼らを壬生寺に戻し、源之丞に改めてお礼をした頃、屯所から隊士たちがやって来た。 「この二人を叩き起こして屯所に連行してください。僕は…この人を背負って帰ります。」 「ええ!?沖田先生ではなく私がやりましょうか?」 「いや、怪我させてしまったのは僕だし。それより早く帰りましょう。」
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