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「長州へ行く?」
黒谷の会津本陣から戻ってきた近藤に、土方は訝しげな視線を送った。
将軍が上洛してからは特に何事もなく七、八月は過ぎ、何か大事でも起こらないものかと物騒なことを思っていない訳でもなかったが、土方が望んでいるものとは大分違う。
「ああ、まだ決まりではないのだが。大目付だった永井様が長州の方へ行く予定があるらしくてだな、それについて行きたいと思って。」
「何をしに?」
「長州の動静を見たり、あちらの言い分も聞いたりだとか。」
「はあ?向こうに時間を与えてどうすんだ?勅許もらってさっさと攻めた方がいいだろうが。」
「それがこちら側も立て込んでいるらしくて。」
「立て込んでいるって?」
「薩摩の返事が鈍いらしい。長州征伐に薩摩がいないとなると戦力も大きく変わる。何とか説得している間に、長州藩内がどうなっているか探ろうと言うことになって。」
「薩摩か…」
八月十八日の政変や蛤御門の戦での薩摩の功績は大きい。
それが何故か今度の長州征伐に乗り気でないと言われると確かに幕府は動けない。
「それで永井様に随行したいんだ。まあ会津様や幕府に願い出て選んでいただけたらの話だが。」
「まだそんな段階かよ!?ならわざわざ近藤さんが行くこともねえだろうが。向こうには新選組は滅法嫌われてるんだ。危ねえだろ。」
「しかし、池田屋以来俺たちは大した成果を上げていない。そろそろ何かのお役に立たなければ。」
珍しく土方は反応に詰まった。
危険であるのは明白なので行かないで済むものなら行かないでほしい。
しかし池田屋以外の功績がないのも確かなのだ。
「隊士の皆も毎日命を張って頑張ってくれている。ここは俺も覚悟を持って、できることをしたいんだ。例え多少の危険があろうとも。」
「生半可な気持ちで言っているわけではないことはわかった。しかし局長に何かあったら新選組はどうなる?」
「その時は残ったお前たちが引っ張ればいい。今だって、俺が新選組のためにできていることは少しなんだ。」
「そんなことない。」
「なあ、歳。大将らしく構えてろとのお前の言い分もわかるが、俺はここぞと言う時に動くのも大将の役目だと思う。」
その真っ直ぐな瞳に土方は昔から弱いのである。
「…わかったよ。ただし、やると決めたんだからまずは選んでもらえよ。」
「ああ、もちろんだ。」
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