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「お時さん、髪切ってくれへん?」
いきなりの私のお願いにちょっと面食らったようだったけど、店は休みなのにすぐに承知してくれた。
「どのくらい切るん?髪型変えたいんやろ。どんなんが似合うかな?」
私が一歩前に進めたと思ったのだろう。少し明るい調子で聞いてくる。実際は百歩くらい進むのだが。
「男の人くらい」
「は?」
お時さんが目を覗き込んできた。喜助さんもおそらくこっちを見ている。
「何で男?」
「うち壬生浪に入る。」
お時さんの目がこれ以上ないくらいに見開いた。
「女の入るところやない。」
「せやから男の髪にするんやん。」
「ばれたら殺されるんよ。」
「今のうちに生きている意味はない。どうせ死ぬなら仇をとって死にたい。顔なら覚えてるから、そいつらさえ殺せたらうちは死んでもいいの。」
「殺す前に死ぬかもしれんよ。いや、その可能性の方が高いわ。」
「それならそれでそこまでの人生やった言うことやん。それに、神様は悪い人らの味方はしない。」
「悪いことは言わん。やめなはれ。」
「嫌や!せやったらうちはここで死にます!」
喜助さんやお時さんが止めてくれるのは素直にありがたいと思ったけれど、自分の意志をここで曲げるわけにはいかなかった。
それから一刻ほど同じような問答を繰り返して、結局二人が折れてくれ、しかもそうと決まったからには全力で協力すると言ってくれた。
流石にそれは、ばれた時に迷惑がかかるからと言って、断ったけど、断るなら行くことを許さないと言われてしまい、渋々それを受け入れた。
月代を入れるのには抵抗があったこともあって、総髪にしてもらった。お時さんも、これならまだ若い少年に見えるから大丈夫だろうと言ってくれた。
結局その他喜助さんの名を使って用立ててもらった様々な男物を持って、私は入隊試験を行っている壬生浪の屯所の門をくぐった。
事件から一月後のことだった。
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