14. 幸せな時間(天利視点)

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14. 幸せな時間(天利視点)

『お前が"恋人"になんて、なれるわけないだろ?』 ハッと目を覚まし、しばらく天井を見つめる。 嫌な汗が背中を伝っている。 周りを見回すと、窓から差し込む光で、今は朝だと分かった。枕元の時計を見る。日付と時刻から考えると、ほぼ一日寝ていたようだ。 今日が週休日で良かった。 何日も仕事に穴をあけるわけにはいかない。 濡れたタオルと桶が机に置いてある。なぜだ? ぼやける頭で一昨日のことを思い出す。 正直、あのパーティーの最初から体調が悪かった。周りを心配させないように普通に振る舞っていたつもりだったが、菅谷にはバレたようだ。 (連れ出してくれるとは思わなかった)  そんなことをされたら、益々惚れてしまう。 今だって思い出すだけで自然と頬が緩む。 それなのに。それなのに、だ。 「どうしてあの阿呆に会ってしまったのか…っ」 あのパーティーで唯一受け入れられなかったのが、あの男だ。高校時代に俺を散々振り回した挙げ句に俺を捨てた男。いや、捨てたなんて表現は当てはまらないか。あいつにしてみれば、俺と付き合ってる感覚なんてなかったんだから。 ちらりとスマホを見ると、メッセージが届いていた。來人か。 『そいつは体目的だからやめとけ』 來人から来たメッセージを読み、苦笑してしまう。 返信はあとでもいいか。 「……菅谷はそんな奴じゃないはずなんだが」 謝ろうと何しようと、もしかしたらまたそういう関係になることを望んでるんじゃないのか。 來人のメッセージにはそう続けて書いてある。 けれど、謝ったあと数日様子を見ていたが、行動も言葉も、全て俺への誠意を見せてくれるようなものだった。しかもパーティーでは俺を気遣ってくれたし、おそらくあの夜の過ちは、溜まりに溜まった想いが溢れてしまっただけなんだろう。 「?物音…?」 居間から音が聞こえる。 のそのそとベッドから出て、扉を開ける。 そして、キッチンに居たのは…最愛の弟だった。 「(しゅん)。来てたのか」 「あ、おはよ。兄貴」 舜は合鍵を持っているから自由に出入りできるものの、いつから来ていたんだろうか。 「看病してやったんだから、感謝しろよな」 「ああ、濡れタオルが置いてあったのは舜だったのか。ありがとう」 「え?違う違う」 「違うって……父さんか母さんも来てたのか?」 「まさか。忙しいのに来れないだろ」 「それもそうか。じゃあ、誰が……」 「そこのソファーでまだ寝てる。揺すっても起きないから、起きたら礼言っといて」 「?」 舜が指さすソファーに近づき、覗き込む。 そこですやすやと眠ってる人物を見て、驚きすぎて固まってしまった。いや、待て、どうしてここに。 「菅谷?!」 「たまたま会ってさ。まぁ、裏路地で絡まれてたんだけど。兄貴の部下だっていうから連れてきた」 「連れ……?いや、一体どういう経緯で」 「あ、俺さ、このあと出かける用事があるんだ。困ったら菅谷さん頼って。じゃ、行くから」 「ちょ、ちょっと待つんだ。出かけるのは構わないが気をつけて。……いや、そうではなく。菅谷が絡まれてたというのは」 「菅谷さんに聞いてよ」 そう言って舜はいなくなってしまった。 いつも思うが、台風のような子だ。可愛いけど。 菅谷に目線を戻す。 そっと揺するが、確かに起きない。 無防備に寝る頬をつつく。起きない。 何をしたら起きるだろうか。 「幸せそうな顔をしてるな……」 むにむにと頬を押す。 ふわふわした髪を撫でてやると、やや身じろいだ。 撫で心地がいい。 しばらく撫でていると、うっすらと目が開いた。 「……んん?」 「ああ。起きたか。おはよう菅谷」 「え、……あっ、天利さん!」 菅谷はガバっと起き上がった。 起きたばかりなのにそんなに突然動いて大丈夫だろうか。 「あ、あの、ここにいるのには理由が!決して不法侵入ではありません!!」 両手をぶんぶんと振りながら弁明を始める様子が可愛らしくて、つい笑ってしまった。 「舜に聞いたから心配するな。そもそも不法侵入をする奴だと思ってないしな」 「しゅん…?」 「ん?何だ、名乗らなかったのか?俺の弟だよ」 「ああ!そういえば、名前は聞いてませんでした」 一体何が起これば名前も分からない相手についていくことになるのか。菅谷の警戒心がなさすぎて心配になる。 「絡まれていたんだって?大丈夫なのか」 「だ、大丈夫です。別に何も取られたりしてないですし。困ってたら弟さんが助けてくれて」 「舜が?」 「いい子ですね」 弟を褒められ、自分のことのように嬉しくなった。菅谷にそう言ってもらえた、という事実も嬉しいし。 「そうだな。あの子は良い子だ」 「天利さんが溺愛する気持ちも、何だか分かりました」 「はは、そうか」 「そ、そうだ、天利さん熱は?」 菅谷が心配そうに俺の顔を覗き込む。 弟はもちろんだが、最近特に菅谷が可愛くてカッコよく見えるんだが、どうすればいい。 「もう下がったと思うが」 「無理しちゃだめですよ!あ、弟さんがおかゆ作ってましたよ。今あたためてきますね」 「いや、それくらい自分で…」 「ダメです! ほら、座っててください」 菅谷に背を押され、椅子に座るよう促される。おとなしく座ると、菅谷は満足そうに笑った。 そしてキッチンに向かい、お椀を取り出して何やら作業を始めた。 (自分の家に菅谷がいるっていうのは、いいな) 好きな相手がこんなにそばにいてくれるなんて、今まで経験したことがない。これが幸せってやつなんだろうか。 ……でも、菅谷には泣くほど好きな相手がいる。 俺と一緒にいても、俺と同じように幸せを感じたりはしないだろう。 ただ、少しでも長くこの時間が続けばいいとは、思った。
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