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15. 来訪者
「必要なものがあったら言ってくださいね」
「ああ」
あたためたおかゆを差し出すと天利さんがにこりと微笑んだ。可愛すぎる……。
しかも何だか色っぽい。普段かっちりとしたスーツを着ているから、余計に部屋着にドキドキしてしまう。
いや待て!また信用をなくすようなことをするつもりか!心の中で俺の理性が警鐘を鳴らす。
「寝ている時に汗を拭いてくれたのも菅谷なんだってな。ありがとう」
天利さんがゆっくりとおかゆを咀嚼する。
その様子を見ていると「食べづらいな」と苦笑された。
「すっ、すいません。悩んだんですけど、その、汗拭く以外、何もしてないんで!!」
「何もって……はは、困ったな、何をされそうだったんだろうか」
「ひぇっ!違いますってば!」
勢いよく手を振ると、天利さんがくすくすと笑った。これは絶対にからかわれてる。
「うう……からかってますね」
「すまない。お前の慌てっぷりが面白くて」
「ぐぬぬ」
天利さんの無邪気な面を知れたのは嬉しい。
こんな風に冗談を言うくらいには、俺を信用してくれてるってことだもんな。
高鳴る心臓を落ち着かせようと深呼吸をしていると、ピンポーンと、軽快な音が鳴った。
「あれ?配達とか頼んでます?」
「いや……特には」
「じゃあお客さんかな。見てきましょうか」
「それくらい行けるよ。体調もだいぶ回復したし」
天利さんはスプーンを置き、インターホンまで歩いていった。少しだけ足元がおぼつかないような感じがしたから、万が一を考えて後ろをついていく。
「……!」
「天利さん?」
インターホンの画面に映し出されたのは、一昨日の謎の男だった。何で天利さんの家を知ってるんだ。高校時代の先輩って言ってたけど、その頃とは天利さんの自宅って変わってるよな、たぶん。
「あいつ、どうして此処を知ってるんだ……」
ほら、やっぱり。
ということは、どこからか天利さんの個人情報が流れたってことか?それってやばくないか…?
戸惑う俺の目の前で、天利さんは軽く舌打ちをして通話ボタンを押した。
「帰れ」
『酷いな。せっかく会いに来たのに』
「お前と話すことはない」
『仕事とプライベートを分けろって言ったのはお前だろ?』
「だとしても、教えてない場所に突然現れた奴を家に上げると思うのか?浅はかだな」
『……俺のこと入れなかったら、お前の会社の人たちに昔のことバラしちゃうかもなぁ』
「……は?やれるものなら、」
「天利さん、落ち着いてください!」
『ん?誰か居るのか?』
「……菅谷、大丈夫だから」
「大丈夫じゃないです!警察呼びますか?!」
『家に上げてよ、彰良。俺の用件が済んだら帰るからさ』
一瞬の間を置いて、天利さんは迷ったような目で俺を見た。
「……。菅谷。一緒に居てくれるか」
「!もちろんです」
**
空気が重い。
突然現れた謎の男は、ニコニコしながら俺たちの目の前に座っている。この前も思ったけど、目が笑ってないし、圧がすごい。特に俺に対しての敵意が剥き出しだ。
「君はこの間の……部下だっけ?」
「菅谷です!」
「別に名前は聞いてない。俺さ、彰良と話があるから帰ってくれないかな?」
「か、帰りません!」
「面倒な子だな」
「菅谷、こんな男と話すことはない」
天利さんが俺を制し、謎の男を睨む。
カッコいい。……じゃなくて!!
「秋野先輩。何が目的ですか」
「ずいぶん他人行儀だな。昔みたいに名前で呼んだっていいのに」
「用件がないなら帰ってください」
「じゃあ単刀直入に。ヨリを戻したいんだ」
「……、…は?」
その場の空気が凍りついた気がした。
俺の心も一気に冷え込む。
「前々から思っていたが、その頭には綿でもつまっているのか」
「お前と別れてからさ、何か物足りなくて」
「話を聞け」
別れてから……つまり、その、付き合ってたってことだよな。この前の話し方から、何となく分かってはいたけど、その事実は俺の気持ちを暗くするには充分だった。
「お前だって俺のことがまだ好きだろ。昔から素直になれないところがあったし」
「……。」
天利さんの眉間の皺が深くなる。
病み上がりなのに、こんなにストレスを与えてしまって大丈夫なんだろうか。
あ、でも……天利さんは本当にこの人のことが好きなのかもしれない。それなら、俺は邪魔なだけかも。
……なんて考えていたのに、
「あ、天利さんはあなたとは付き合えません!」
「は?君に何の権限があって」
「俺、今、天利さんと付き合ってるので!!」
「……へぇ?」
突然立ち上がった俺の口から出た言葉は、とんでもないものだった。我ながらなんて馬鹿なことを言ってるんだと思った。
天利さんも驚いたように俺を見上げている。
ごめんなさい、天利さん。
もしかしたらこの人とヨリを戻したいのかもしれないけれど、そんなの、俺は耐えられません。
「彰良。本当に?」
「……そうだ。付き合っている。だからお前とヨリを戻す気はない」
「あー、なるほど? ちょっと予想外だな」
「用件は終わったな。帰れ。家に上げてやったんだから約束は果たした。今度はお前が約束を守る番だろう」
「仕方ないな。今日は退散しよう」
「二度と来るな」
秋野さんは肩をすくめると、立ち上がり俺を見た。
というか睨んでるだろ、これ。
あまりにも冷たい表情に、体の芯から震えてしまいそうだったけど、負けじと睨み返す。
すると、秋野さんは目線を外し、去っていった。
天利さんは去るのを見届けてから、扉の鍵を締めた。
か、勝った!!
全身が脱力し、椅子にもたれかかる。
俺、俺、頑張ったよ……!
「……はぁ」
俺と同じように脱力した天利さんは、複雑そうな顔で俺を見る。
「何もあんな嘘をつかなくても」
「ああでも言わないと、こう、食い下がりそうな勢いだったんで……」
どちらかというと自分の願望がダダ漏れになった感じな気がする。俺の煩悩怖すぎる。
「秋野さんに出くわした時は、俺のことを使っていいですからね!」
「……まぁ、確かに助かるが」
「別会社の人ですし、そうそう騙る機会はないと思いますけど、気をつけましょうね!」
「……ああ、もしもの時は、頼んだ」
かくして俺は、天利さんの(限定的な)偽装の恋人を演じることになった。
……え、これ、本当に現実?夢じゃないよな?
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