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17. 一番望むこと
「酷い顔してんな」
休憩中、喫煙室でぼんやりと外を眺めていたら悠吾にそう指摘された。窓ガラスに映る自分は、隈も酷いし、何だかやつれてるように見えた。
「ああ、うん……あんまり眠れなくて」
「へぇ、珍しい」
打ち合わせの日から数日。
俺は毎夜、色々なことを考えてしまうせいか、寝付きが悪くなった。天利さんと秋野さんのことを考えると、胸がぎゅっと締め付けられて苦しくなる。
上手くいってほしくないのに、俺の脳内では秋野さんの隣にいる天利さんは幸せそうに笑う。
(……そんな光景、見たことないくせに)
遠くを見ながらため息を吐くと、悠吾は俺に缶コーヒーを手渡してきた。おずおずと手を出して受け取ると、あたたかさがじんわりと伝わってきた。
「悠吾の優しさで泣きそう」
「おー、そうか。胸を貸してやってもいいぞ」
カラカラと笑う悠吾の明るさに救われた気分になる。ほんといい奴。
「……打ち合わせが上手くいかなくてさ」
「それも珍しいな。何、相性悪い人だったのか?」
「そんなところ」
秋野さんは、仕事自体は"出来る人"なんだろう。
きっと、俺よりも。
「相性とか、好き嫌いで仕事選んじゃいけないのは分かってるんだけど、その人とは無理かな……」
「じゃあサクッと終わらせた方がいいな。会うのも必要最低限にして、事務的にこなそうぜ」
仕事を投げるわけにいかないことは悠吾も分かってる。いや、例え仕事を投げても悠吾は何も言わないだろうけど、俺には後悔が残るだろう。
「ん、そうだな。頑張るよ」
「で?あとは」
「え……何のこと?」
「他にもあるんだろ、悩み」
言い当てられて驚いてしまった。
悠吾はエスパーか何かだったっけ。
「……好きな人と上手くいかない」
「何だよ、距離が縮まったんじゃなかったのか?」
「元カレが出てきた」
「ふぅん?」
「で、好きな人はその元カレとヨリを戻したい、…かもしれない」
天利さんに直接言われたわけじゃない。
でも、少なくとも天利さんは秋野さんと付き合ってた。秋野さんの言葉を信じるのなら、天利さんは自分から別れようと言わなかったらしい。
「お前はどうしたいんだ?」
「……俺?」
悠吾が俺の胸を指差す。
「お前の正直な気持ちは?」
そして、過去、満身創痍で打ちのめされていた俺に手を差し伸べてくれた時と同じように、俺の気持ちを問う。
「……渡したくない。俺に、振り向いてほしい」
「そうか。じゃあ俺は、そんなお前のことを応援してやる」
「悠吾……」
「いつもお前には冗談言ってるけどさ、基本的に俺は、お前の味方でいたいからさ」
「ほんとに泣くぞ」
視界が潤んでくる。
ゴシゴシと袖で目をこすると、悠吾が笑う気配がした。
「海晴はさ、恋愛ごとになると臆病だよな。ネガティブになりすぎ」
「そうかな…」
「もっとガンガン行けよ。前に『告白しちまえ』って言ったのは、結構本気だったんだからな?意外といい返事もらえるかもしれないだろ」
「いや、告白みたいなことはした。でもフラレたんだ」
「みたい、ってなんだよ。好きって言葉にしたのか?」
「して、……ない」
「ったく。そんなことだろうと思った。自分の正直な気持ちぶつけてこいよ。まぁ、もしそれで玉砕したら、いくらだって慰めてやるからさ」
バシッと背中を叩かれる。
悠吾の力強い言葉に勇気づけられ、前を向こうという気になってきた。
そうだ。俺は、まだ自分の言葉を天利さんに伝えてないんだ。
「ありがとう、悠吾」
「はは、どういたしまして」
「俺、頑張ってくる!」
ぬるくなった缶コーヒーを握りしめ、俺は悠吾に背を向けて喫煙室の扉を開けた。
**
夜。エレベーターの方に向かった天利さんを追いかける。やっと出来た話しかけるチャンス。逃すもんか。
「……天利さん!」
「ん…? どうした、菅谷。血相を変えて」
「聞きたいです」
「何か仕事に不備があったか?」
「天利さんが過去、秋野さんと何があったのか、聞かせてください」
天利さんは、驚いたように目を見開いた。
そりゃそうだ。いきなりこんな風に内面に踏み込むようなことを言われたら、誰だってビックリする。
まっすぐ天利さんの目を見る。
反らしてはいけないと思った。
俺は"本当のこと"を知ることから逃げてた。
きっとこうなるだろう。
こう思ってるんじゃないか。
俺のことなんて。
(全部、全部……天利さんの口から聞いていない。俺が勝手に悪い想像をして、舞い上がったり辛くなったり)
俺の気持ちはいつだって一つだ。
天利さんを、振り向かせたい。
そのためには、自分が傷付く覚悟も必要なんだ。
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