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18. 鍵をかけた想いは①(天利視点)
菅谷が真っ直ぐ俺を見る。
俺と秋野の過去が知りたい?
急に、なぜ?
どうしてこのタイミングで?
色々な可能性が浮かんでは消え、俺は言葉に詰まってしまった。菅谷が求めている答えは、何だ。
「……。突然、どうした」
「ずっと気になってました。聞いちゃいけないことなのかもしれません。でも、俺は知りたい。天利さんが抱えているものを、全部、知りたいんです」
「…どうして」
「すいません、困らせてるのは分かってます。分かってる、けど……天利さんはいつも俺のことを助けてくれるじゃないですか。入社してから、色々なことを教えてもらいました。俺だって天利さんを助けたい」
「俺を助ける…」
「でも、それ以前に俺は、」
エレベーターが到着の音を鳴らす。
ハッとしてふり返ると、中から数人降りてきた。軽く会釈をして道を開ける。
「ここだと人目がある。場所を変えよう」
「…はい」
エレベーターに二人で乗り込む。
扉が閉まると、気まずい沈黙となった。やけに降りるスピードが遅く感じられる。
どこで話すのが良いだろうか。
そもそも、俺は菅谷に自分の身の上を話す覚悟があるのか。
先程の言葉から推察すると、菅谷は何らかのきっかけで、俺の助けになりたいと思ってくれたようだ。
それは嬉しい。
だが……
エレベーターを出て、会社の外に出ながら思考を巡らす。菅谷は悲壮な顔をしながら俺の後ろをついてくる。
……が、突然腕を掴まれた。
「俺の家でいいですか?」
「…菅谷の家?」
「天利さんの家は、あの人がまた張ってるかもしれません。それに、すいません、そうですよね…場所を考えずに突っ走ってしまいました。だから、抵抗がなければ俺の家で話しませんか」
抵抗がないといえば嘘になる。
ただ、痛々しいほどに真っ直ぐなその視線に負けた。
俺が数泊置いたのち軽く頷くと、菅谷は少しホッとしたように手の力を抜いた。
**
菅谷の家に来るのは"あの日"以来だ。
用意された椅子に腰掛け、菅谷と向かい合う。
「……菅谷。世の中には、知らない方が良いこともある。俺の過去を聞いたら幻滅するぞ」
「しません」
キッパリと言い切られ、それ以上言えなくなってしまう。
俺は菅谷に幻滅されるのが怖い。
今のように話せなくなるのが嫌だ。
例え幻滅されなくても、菅谷に可哀想なものを見るような目で見られたら、それはそれで辛い。
「この前、俺……打ち合わせに行ったんです」
「ああ。聞いている。同グループ社とタイアップをするんだったか」
「打ち合わせの相手、秋野さんだったんです」
「!そういうことか……。あいつに何を聞いた」
本当にあの男は余計なことしかしない。
菅谷にあることないこと吹き込んだんじゃないだろうな。
「詳しいことは、何も……。ただ、デリカシーがない人だとは思いました。俺と付き合ってるのは嘘だろう、から始まって、その…天利さんと肉体関係があったようなことも仄めかしていましたけど」
案の定、あの男は余計なことを言ったらしい。
菅谷が辛そうに目線を下げる。
俺はというと、その時のあの男の顔を、簡単に思い描けてしまって腹が立った。
あの男にもだが、自分自身にも。
「……2年ほど付き合ったし、確かに肉体関係もあった。だが、最終的にあいつから別れを切り出してきたんだ。俺も未練は欠片もない」
「そう、ですか」
ゆるく深呼吸をする。
俺はきっとまだ、あいつとの過去を引きずっている。未練はないが、俺の心に爪痕を残したのは確かだ。
菅谷はその傷を受け入れてくれるだろうか。
「……最後まで聞いてくれるなら、話す」
「もちろんです!」
力強く言われ、もしかしたら菅谷は受け止めてくれるんじゃないかと、ほのかに希望が見えた気がした。
―――――
秋野と出会ったのは高校1年生の時。
場所は学校の図書室だった。
俺は幼い頃から読書が好きだった。
物語に没頭できる時間、知識を深められる時間、自分を見つめ直す時間……そのどれもが大切なものだった。
「君さ、よく毎日続くよな」
その日、夕方の誰もいない時間。
秋野はカウンターで頬杖を突きながら俺に話しかけてきた。
制服のネクタイの色を見ると、ひとつ上の先輩だということが分かった。
「あ、俺は2年の秋野。一応、図書委員」
ひらりと片手で手を振られる。
今までここで話しかけられたことはなかったから、純粋に声をかけてきた理由が気になった。
「ここの図書室は蔵書が多いので。それに、静かなので勉強するにも最適かな、と」
「えらいなぁ」
「……どうして俺に声をかけたんですか?」
「ん?ああ、君さ、うちの学年の女子に人気なんだよ。知ってた?」
「いえ、知りませんが」
正直、色恋沙汰とはほぼ無縁だった。
弟はまだ6歳。可愛いし、忙しい両親に代わって弟の世話をしているのもあり、恋をしている場合ではなかった。
告白は、何度かされたことはあるが。
「賢くて、スポーツもできて、何よりイケメン!あんな完璧な人の恋人になりた〜いって」
「別に俺は、完璧じゃないですよ」
確かに勉強もスポーツも苦手なものは特にない。
容姿は…まぁ、整っている方ではあるかもしれない。
「そんな完璧な子が、毎日一人で熱心に本を読んでるから、気になってさ」
「…?そうなんですか」
「ねぇ、俺と仲良くなろうよ」
「え」
「君と仲良くしてたら、俺も女子に目に止めてもらえるかもしれないだろ?」
にこやかに打算的なことを言われ、戸惑う。
秋野はいつの間にか俺の隣に移動し、俺の名札をなぞった。
「なんて読むの?あまり、かな?下の名前は?」
「……。彰良です」
「彰良。俺と仲良くなったら、退屈させない。だから、これからよろしく」
そう言うと秋野は、楽しそうに笑った。
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