20. 鍵をかけた想いは③(天利視点)

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20. 鍵をかけた想いは③(天利視点)

女子生徒は自分の身を整えて走り去った。 俺はというと、妙に冷静だったように思う。 心のどこかでは分かっていたのかもしれない。 秋野は俺のことなんてこれっぽっちも好きじゃないということを。 秋野は面倒くさそうにため息を吐きながら身なりを整えている。ため息を吐きたいのは俺の方なんだが。 「ここに来るときは連絡しろよ」 「……いつもこんなことを?」 「ああ、そうだよ」 悪びれもせずに言う様子に腹が立った。 だから、今まで我慢してきた気持ちが抑えられなくなった。言ったら関係が終わる気がして、ずっと秘めていた思い。 「俺のことを先輩はどう思ってるのか、知りたい」 「可愛い後輩さ」 「……やっぱり、恋人とは言ってくれないんだな」 「は? 恋人?」 秋野は楽しそうに口元を歪めながら笑った。 「お前が"恋人"になんて、なれるわけないだろ? 現実見ろよ。俺は茨の道歩くのはごめんだ」 來人が言っていた通りだった。 「あ、お前と一緒にいると良い気分にはなるけど」 「……良い気分?」 「"完璧"な奴が俺に好き勝手されても文句一つ言わないのって、最高だよな」 秋野は正真正銘のクズ野郎だった。 ……それでも俺は、その時も別れを切り出せなかった。我ながら情けない。 「俺は…、文句を言わないのは、先輩が好きだから」 「あ、そ。まぁ、俺もお前を押さえつけるようなセックスは好きだから、そういう意味でなら付き合ってやってもいい」 「セフレになれと?」 「はは、優等生でもそんな言葉使うんだな?」 苦しい。秋野は、俺を俺として見てくれることはないだろう。それがよく分かるやり取りだった。 その日は、その後どう過ごしたか覚えていない。 そのままズルズル、秋野が卒業するまで爛れた関係は続いた。好きだの愛してるだの、そんな言葉は一切なかった。 來斗とはその頃、少しの間だけ疎遠になった。 (せっかくアドバイスをくれたのに) 別れたほうがいいと、親身になって考えてくれたのに。そしてそれは正しかった。だから後ろめたかった。 いつか俺に振り向いてくれるんじゃないか、なんて、叶うはずのない思いを持って、ずっと振り回され続けた。 (俺は、…酷いことをされたって、先輩が好きだったのに) そして秋野は卒業式の日に、あっさり俺を捨てた。 ――― 「『もう飽きた』と言われた」 「……。」 「ありもしない可能性にしがみついて、秋野の目にはさぞ滑稽に映っていただろうな」 「……。」 過去の話をしているとき、菅谷は一言も話さなかった。怖くて顔が見れない。幻滅しているだろうか。馬鹿な男だと笑うだろうか。それとも、優しい奴だから俺を可哀想だと思うだろうか。 「……すまない、菅谷。こんな話は聞いても困るだけだろう」 「そん、なこと…、ありません」 「語っておいてあれだが、もう昔のことだし、割り切っている。だから大丈夫だ。男同士なんだし、まぁこんなもんかと……」 「大丈夫じゃ、ありません!」 「……!菅谷?」 菅谷は突然立ち上がった。驚いて顔を上げる。 目の前で拳を震わせながら、菅谷は……泣いていた。 「天利さんは謙虚すぎるっていうか、もっとこうしたいって言っていいし、望んでいいし、諦めなくていいんですっ!」 「……。」 「天利さんは幸せになっていいんですよ!っていうか、なるべきです!天利さんが幸せになれないなんて、そんなの俺が、……俺が、嫌だ。あなたには幸せでいてほしい」 言葉が出なかった。 菅谷は俺を蔑むこともなく、憐れむでもなく、俺の欲しかった言葉をくれた。 望んでもいいのか。 こんなものだ、と自分を言い聞かせなくていいのか。 (……ダメだ、これでは、前と同じだ) 俺が欲しい言葉をくれる存在。 俺はそんな人を好きになってしまう。 昔から俺は何も成長していない。 「菅谷、それは……ダメだ。その言葉は、俺には……」 「分かってます!俺の気持ちは天利さんを困らせるだけだって、分かってるんです……!」 「いや、困るというか、……お前の慰めてくれようとする気持ちはありがたいんだが」 「それでも俺は、……天利さんが好きです。天利さんに想う人がいても、俺はあなたが好きだ。恋する気持ちを捨てるなんて出来ません。ごめんなさい」 時間が一瞬止まった気がした。 ……今、菅谷は、なんと言った? 「……誰が、誰を好きだって?」 「?俺が、天利さんを好きなんです。ずっと前から大好きです。あなたが振り向いてくれるなら、恋人になってくれるなら、俺は何だってします……!」 ぐすぐすと鼻をすすりながら菅谷が俺を真っ直ぐ見つめる。その様子が可愛らしいな、なんて頭のどこかで考えてしまっていた。ダメだ、脳が現実逃避をしようとしている。 「……お前、俺のことが好きだったのか?!」 その時の、菅谷のぽかんとした呆けた顔は、たぶんこの先ずっと忘れることはないだろう。
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