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21. 本当は
「……お前、俺のことが好きだったのか?!」
天利さんが驚いたように声を上げた。
俺は一瞬、何を言われているのか分からなくて、ぽかんとしてしまった。
俺のことが好きだったのか?
はい、もちろん。天利さんが好きで愛しくてたまらなくて、フラれても諦めきれなくて、しかもこんな辛い過去の話も聞いて、ますます幸せにしたくなりましたとも。
「今さら?!」
最初に口をついて出たのはそんな言葉だった。
だって天利さん、俺の気持ち知ってるって言ってたのに。
「そうですよ!天利さんのことが好きです!大好きですよ!入社してしばらく経ったあとから、ずっと好きでした!」
「初耳だ」
「はっ、初耳?!?!」
涙が引っ込む。俺の気持ちが欠片も伝わってなかったのも悲しいし、そもそも天利さんは俺のどんな気持ちを知っていたってこと?
「お前に好きな相手がいることは知っていたが」
「あ、それは知ってたんですね」
「仕事が出来て、菅谷のことも気にかけてくれる優しさも持ち合わせていて、カッコよくて可愛らしくてギャップもある、……女性社員」
「いやいやいやいや!途中は合ってますけど!最後の何です?!」
「今まで付き合ってきた相手は全員女性なんだろう? まさか男を指しているとは思わない」
「そ、それはそうかも? というか、何でそんなに色々知って……」
そこでハッと思い当たる光景が呼び起こされる。
今の話はすべて、以前喫煙室で悠吾に語った話だ。そして話が終わった直後、天利さんは喫煙室にやって来た。
つまり、つまり……
「き、きき、聞いてたんですね…!」
「すまない、わざとじゃないんだ。ただ、入るタイミングを逃してしまって」
「うぅ…本人に聞かれてたなんて…!恥ずかしすぎます!すいません!でもそれくらい好きってことなんです、引かないでください!」
「引かないさ。むしろ、その……そんなに想ってもらえていたなんて、ありがとう…」
穴があったら入りたい、とはこのことなんだろう。
間接的に告白していたようなものだ。
顔を覆っていると、天利さんは難しい顔をしながら俺をまじまじと見た。
「じゃあ、俺も素直になれば良かったな」
「え。素直、とは」
「俺には好きな相手がいると言っただろう」
「うっ、そうですね」
そうだ。天利さんの勘違いは解けた。
でも結局…俺の想いを伝えたところで、天利さんには好きな相手がいるんだ。
「俺も…、菅谷が好きなんだ」
「そうなんですね……俺、心が狭いから応援できないかも、しれな……、…え?ちょっと待ってください、誰が誰を好きなんですか?」
「その…、俺は、菅谷が好きだ。もちろん、恋愛対象として」
「ど、え、あ……っ、 天利さん、俺のことが、すっ、好きなんですか?!」
何だかさっきのやり取りを繰り返してる気がする。
今度は立場が逆だ。
「お前には好きな相手がいることを知っていたから……俺の気持ちを伝えても困ると思ったんだ」
天利さんが申し訳なさそうに眉根を下げる。
つまり、俺たちは最初から勘違いに勘違いを重ねていたってことなのか。
「じゃあ何で、俺に体を許したりなんか」
「好きな相手が振り向いてくれないから、体だけでも慰めてほしいと言われてるのかと」
「いや、それは俺、最低ですね?!」
もしそれが本当なら、やってること秋野さんとそんなに変わらないし!結局のところ体目当てかよってことになる…!
「俺、天利さんのトラウマ抉ったんですね…ごめんなさい…!」
「いや、今となっては誤解だと判明したし、気にするな」
しかも被害を受けた天利さんにフォローまでされてしまった。
「そんなことより、菅谷」
「いや、全然そんなことでは」
「いいから座れ」
「はい」
肩を押され、すとんと座る。
天利さんは俺の真正面に座り、じっとこちらを見た。
相変わらずカッコいいし可愛い。
「改めて伝えていいか」
「は、はい」
「菅谷。俺はお前のことが好きだ。最初は俺を慕ってくる可愛い部下だと思っていた。だがいつの間にか、お前の屈託のない笑顔や温かさ、優しさに惹かれている自分がいた」
そっと手に触れられる。熱い。
「お前も俺と同じ気持ちなら……どうか、俺と付き合ってはくれないだろうか」
ぐっと触れた手に力が込められ、その熱い眼差しに胸を突かれた。俺の好きな人、カッコよすぎませんか。
「もちろんです!」
俺は湧き上がる感情のまま返事をした。
天利さんは、ふ、と表情を崩し、「そうか」と言いながら微笑んだ。
俺はばっと両手を広げ、抱きしめようとして、止まる。
「?どうした」
「だ……」
「?」
「抱きしめてもいいですか……っ?!」
天利さんはキョトンとしたあと、可笑しそうに笑った。可愛いです。いやそうではなく!
「一応聞くが、どうして許可を求めるんだ?」
「だって、ほら、体目当てじゃないですから!秋野さんと同じと思われたくなくて……!でも、触れたいんです、とても!」
「菅谷になら、いくらでも」
そう言いながら、天利さんはぎゅ、と俺に抱きついた。え、可愛い。めちゃくちゃ可愛い。どうしよう。
「好きな相手に抱きしめられるのは、嬉しいよ」
「…っ、天利さん!」
ぎゅう、と抱きしめる。体温が心地よい。ずっと振り向いてほしかった人が、今、俺の腕の中にいる。奇跡だ。
「好きです、天利さん!ずっと好きでした。あなたに振り向いてもらいたくて、頑張ってきました。自分を磨こうともしました。優しさも強さもカッコよさも可愛さも、全部全部、愛しいです」
「ありがとう。俺も菅谷が好きだ…心の底から」
背中をぽんぽんと叩かれ、また涙腺が熱くなる。
(……俺の愛しい、大好きな人)
この幸せが消えることのないよう、俺はまた抱きしめる力を強くした。
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