21. 本当は

1/1
前へ
/27ページ
次へ

21. 本当は

「……お前、俺のことが好きだったのか?!」 天利さんが驚いたように声を上げた。 俺は一瞬、何を言われているのか分からなくて、ぽかんとしてしまった。 俺のことが好きだったのか? はい、もちろん。天利さんが好きで愛しくてたまらなくて、フラれても諦めきれなくて、しかもこんな辛い過去の話も聞いて、ますます幸せにしたくなりましたとも。 「今さら?!」 最初に口をついて出たのはそんな言葉だった。 だって天利さん、俺の気持ち知ってるって言ってたのに。 「そうですよ!天利さんのことが好きです!大好きですよ!入社してしばらく経ったあとから、ずっと好きでした!」 「初耳だ」 「はっ、初耳?!?!」 涙が引っ込む。俺の気持ちが欠片も伝わってなかったのも悲しいし、そもそも天利さんは俺のどんな気持ちを知っていたってこと? 「お前に好きな相手がいることは知っていたが」 「あ、それは知ってたんですね」 「仕事が出来て、菅谷のことも気にかけてくれる優しさも持ち合わせていて、カッコよくて可愛らしくてギャップもある、……女性社員」 「いやいやいやいや!途中は合ってますけど!最後の何です?!」 「今まで付き合ってきた相手は全員女性なんだろう? まさか男を指しているとは思わない」 「そ、それはそうかも? というか、何でそんなに色々知って……」 そこでハッと思い当たる光景が呼び起こされる。 今の話はすべて、以前喫煙室で悠吾に語った話だ。そして話が終わった直後、天利さんは喫煙室にやって来た。 つまり、つまり…… 「き、きき、聞いてたんですね…!」 「すまない、わざとじゃないんだ。ただ、入るタイミングを逃してしまって」 「うぅ…本人に聞かれてたなんて…!恥ずかしすぎます!すいません!でもそれくらい好きってことなんです、引かないでください!」 「引かないさ。むしろ、その……そんなに想ってもらえていたなんて、ありがとう…」 穴があったら入りたい、とはこのことなんだろう。 間接的に告白していたようなものだ。 顔を覆っていると、天利さんは難しい顔をしながら俺をまじまじと見た。 「じゃあ、俺も素直になれば良かったな」 「え。素直、とは」 「俺には好きな相手がいると言っただろう」 「うっ、そうですね」 そうだ。天利さんの勘違いは解けた。 でも結局…俺の想いを伝えたところで、天利さんには好きな相手がいるんだ。 「俺も…、菅谷が好きなんだ」 「そうなんですね……俺、心が狭いから応援できないかも、しれな……、…え?ちょっと待ってください、誰が誰を好きなんですか?」 「その…、俺は、菅谷が好きだ。もちろん、恋愛対象として」 「ど、え、あ……っ、 天利さん、俺のことが、すっ、好きなんですか?!」 何だかさっきのやり取りを繰り返してる気がする。 今度は立場が逆だ。 「お前には好きな相手がいることを知っていたから……俺の気持ちを伝えても困ると思ったんだ」 天利さんが申し訳なさそうに眉根を下げる。 つまり、俺たちは最初から勘違いに勘違いを重ねていたってことなのか。 「じゃあ何で、俺に体を許したりなんか」 「好きな相手が振り向いてくれないから、体だけでも慰めてほしいと言われてるのかと」 「いや、それは俺、最低ですね?!」 もしそれが本当なら、やってること秋野さんとそんなに変わらないし!結局のところ体目当てかよってことになる…! 「俺、天利さんのトラウマ抉ったんですね…ごめんなさい…!」 「いや、今となっては誤解だと判明したし、気にするな」 しかも被害を受けた天利さんにフォローまでされてしまった。 「そんなことより、菅谷」 「いや、全然そんなことでは」 「いいから座れ」 「はい」 肩を押され、すとんと座る。 天利さんは俺の真正面に座り、じっとこちらを見た。 相変わらずカッコいいし可愛い。 「改めて伝えていいか」 「は、はい」 「菅谷。俺はお前のことが好きだ。最初は俺を慕ってくる可愛い部下だと思っていた。だがいつの間にか、お前の屈託のない笑顔や温かさ、優しさに惹かれている自分がいた」 そっと手に触れられる。熱い。 「お前も俺と同じ気持ちなら……どうか、俺と付き合ってはくれないだろうか」 ぐっと触れた手に力が込められ、その熱い眼差しに胸を突かれた。俺の好きな人、カッコよすぎませんか。 「もちろんです!」 俺は湧き上がる感情のまま返事をした。 天利さんは、ふ、と表情を崩し、「そうか」と言いながら微笑んだ。 俺はばっと両手を広げ、抱きしめようとして、止まる。 「?どうした」 「だ……」 「?」 「抱きしめてもいいですか……っ?!」 天利さんはキョトンとしたあと、可笑しそうに笑った。可愛いです。いやそうではなく! 「一応聞くが、どうして許可を求めるんだ?」 「だって、ほら、体目当てじゃないですから!秋野さんと同じと思われたくなくて……!でも、触れたいんです、とても!」 「菅谷になら、いくらでも」 そう言いながら、天利さんはぎゅ、と俺に抱きついた。え、可愛い。めちゃくちゃ可愛い。どうしよう。 「好きな相手に抱きしめられるのは、嬉しいよ」 「…っ、天利さん!」 ぎゅう、と抱きしめる。体温が心地よい。ずっと振り向いてほしかった人が、今、俺の腕の中にいる。奇跡だ。 「好きです、天利さん!ずっと好きでした。あなたに振り向いてもらいたくて、頑張ってきました。自分を磨こうともしました。優しさも強さもカッコよさも可愛さも、全部全部、愛しいです」 「ありがとう。俺も菅谷が好きだ…心の底から」 背中をぽんぽんと叩かれ、また涙腺が熱くなる。 (……俺の愛しい、大好きな人) この幸せが消えることのないよう、俺はまた抱きしめる力を強くした。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

197人が本棚に入れています
本棚に追加