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2. 俺の好きな人
あれから1週間が経過した。
天利さんはいつものように完璧な仕事ぶりで、あの日の夜みたいな弱さは微塵も感じられない。
もしかしてあれは、俺が見ていた都合の良い夢だったんじゃないか? と思うくらいには通常運転だ。
(いや、待て、これだとまるで俺が思い出してほしいみたいじゃないか)
せっかく、あの過ちを忘れて前みたいに優しくしてくれたり気遣ってくれたり励ましてくれたりしてるんだ。天利さんが思い出したら……たぶん、俺は軽蔑される。酒の勢いで相手を襲うなんて絶対にやっちゃダメなことだ。天利さん、そういうの嫌いだと思う。
「菅谷。唸っているが、どうした。何か困っているのか?」
「あ、大丈夫です……って、あああ天利さん?!」
ズザザッと椅子ごと後ろに下がり、デスクに肘をぶつけてしまった。地味に痛い。
「……大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です。仕事の方も滞りなく」
「それならいいが」
ポンと背中を優しく叩き、天利さんは去っていった。その後ろ姿はとてもカッコいい。きっとたくさんの人がそう思うだろう。
目の前のパソコンに目を向ける。
まずは仕事ができる奴だってところをアピールして印象に残るようにしよう。そしていつか、隣に並び立てるようになりたい。
神様。どうか俺に、自信をつけさせてください。
……と、決意した6時間前の俺に、きっと神様は『人間は簡単には変われないんだぞ』と教えてくれたのかもしれない。
「本当に本当にすいません!!」
「大丈夫だ。もう終わりは見えてる。……あ、次はこの書類の打ち込みな」
「うぅ……了解です…」
夜の社内でパソコンと格闘しているのは、俺と天利さんの二人だけ。というのも、俺が初歩的なミスを連発して退勤間際に書類を作り直さないといけなくなったからだ。
ちなみに天利さんは、涙目でキーボードを叩いていた俺を見かねて手伝ってくれてる。天使なのかな?
「今日は早く帰れると思ったのに……」
そしてあわよくば天利さんを夕飯に誘って、これまたあわよくば良い雰囲気になっていたらいいなぁと邪な気持ちを持っていた(ちなみに天利さんの予定も空いていたことはリサーチ済みだ)。
それなのに俺は、一体何をしてるんだ。
邪な気持ちがあるからですか。
天利さんと一緒に居られるのは嬉しいけど、この状況は望んでいたものじゃないんです。
「何だ、菅谷。デートの約束でもしていたか?」
「しっ、してないですよ!俺、付き合ってる人いませんし」
勢いよく手を振って否定したら、苦笑されてしまった。
目の前に付き合いたい人がいます!……なんて言えたらいいんだろうけど、そんな度胸はない。そもそも天利さんに恋愛対象として見られてないし。
「まぁ、予定がないって言うなら、あと少しで終わるし、何か旨いものでも食べて帰るか」
「……え」
「おいおい、俺と飯に行くのは不服か?」
「まさか!ぜひ!ぜひ行きましょう!」
「はは、元気だな。その調子で頑張って終わらせような」
頬を緩めながら天利さんが俺の肩を優しく叩く。
じんわりとした温かさを感じながら、俺も口元が緩んだ。ああ本当に、なんて優しい人なんだろう。俺が天利さんのこと好きなの同じくらい、俺のこと好きになってくれたらいいのになぁ…。
そんなことを考えながら、俺はまたパソコンと格闘を始めた。
**
「おわっ…たぁ!」
最後の一文字を打ち終わり、パソコンと格闘していた俺は立ち上がってガッツポーズをした。
「良かったな、菅谷」
「天利さんのおかげです!手伝ってくれてありがとうございました!」
くるりと振り返り、手伝ってくれた天利さんの手を握りながらぶんぶんと振る。
「よし、頑張ったお前にこれをやろう」
「え」
ぱ、と俺の手を離し、天利さんは自分の鞄から何やら可愛らしいラッピングの袋を取り出して開けた。不思議に思って覗き込むと、そのまま何かを口に放り込まれた。
「む、むぐっ」
「どうだ?」
「お、おいしい、です」
「それは良かった」
もう一つ差し出され、またパクリとくわえる。
え、何これ。餌付け?
「弟が美味いと言っていた店のものなんだ。菅谷は甘いものが好きだろう?」
「は、はい!よくご存知で」
「いつも、土産の菓子を美味そうに食べてるからな」
くすくすと笑われ頬に熱が集まる。見られていたことに対して照れもあるけど、天利さんの視界に入って、好きなものを認知されていたなんて嬉しすぎる。
「よし、じゃあ約束通り、何か食べに行こう。食べたいものはあるか?」
「あ、ええと、そうですね、肉は好きです。ハンバーグでもステーキでも、カツでも」
「そうか。それなら旨い洋食屋がある。そこにしようか」
「はい!!」
天利さんと一緒に食事!
これはもうデートと言っても過言ではないのでは?!
これを機会に仲を深められたりして……!
「戸締まりするぞ」
俺はいそいそと片付けをして、すでに帰り支度が整った天利さんの後を追いかける。
そして弾む心を抑えつつ、俺はこれからのことに期待を膨らませた。
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