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4. 恋の悩みは深まるばかり
……と、決意を新たにしたのはいいものの、どうしたって不安は拭えない。昨夜はあれから他愛のない話をして食事をして終わった。約束を取り付けられただけ良しとすべきか。
とにかく、相手はあの完璧な天利さんだ。競争率も高いし(天利さんに想いを寄せる社員はかなり多い)、俺が頑張っても振り向いてもらうのは難しいかもしれない。
もうすでに挫けそう。俺ってこんなにすぐ弱気になる奴だったっけ。というか、そもそも天利さんの友人だというあの人。一体どういう関係なんだろう。いや、友人だよ、友人。でも、あんなに素敵な天利さんのそばにいるんだし、もしかして恋が芽生えちゃったりしてるかもしれない。
(つ、辛くなってきた)
我ながら情緒不安定すぎるだろ、と思いながら、何とか午前中の仕事を終えた。
社員が各々デスク周りを片付け始める。俺も昼飯を食べないと。でもその前に……俺は、目の前をやたら上機嫌に通った男の腕をガッと掴んだ。
「うお!ビックリした」
「悠吾、お前に相談がある」
「おう、別にいいけど。でも、そういう時は先に声をかけろよな。ビックリしちゃうだろ」
「ありがとう、俺はいい友人を持った」
「はいはい」
悠吾は苦笑しながらも俺についてきてくれた。
廊下の奥の奥にある喫煙室の扉を開け、中に誰もいないことを確認する。うちの会社は喫煙者が少ないから、この部屋は使用する人がほぼいない穴場スポットだ。
「あのな、悠吾。これは誰にも言わないでほしい話なんだが」
「分かってるよ。どうせ好きな奴の話だろ?」
「その通りです……聞いてください……」
「なんで敬語。まぁ、いいよ。今度飯おごれ」
「もちろん!」
悠吾は高校から付き合いのある友人。ちなみに俺たちは、元々別の会社で働いてた。
俺が大卒で入った会社はいわゆるブラック企業というやつだった。まぁ、最初は頑張ってた。体も丈夫な方だったし。でも、「俺の人生って一体」と思い詰めるくらいには激務だったし、上司からのパワハラもすごかった。日々の言葉を録音して訴えたら絶対に勝てたと思う。
とにかく、ぐったりしていた俺を今の会社に誘ってくれたのが悠吾だ。いい奴すぎる。
「その、俺の好きな人にさ、超仲良さそうな人がいることが分かったんだ。雰囲気もめっちゃいい感じ。俺はどうしたらいいと思う?」
「もう告っちまえよ」
「こ…っ?!突然の投げやり発言……!」
「投げやりじゃねーよ。お前がぐだぐだしてる間にその友人とやらに掻っ攫われる可能性があるだろ」
「そ、それは確かに」
俺が迷ってる間に二人が良い雰囲気になって、ある日突然「実は俺たち付き合ってるんだ」と紹介される。……あり得る。ものすごく、あり得る。
「でも、告白したところで玉砕する未来しか見えない」
「……相手が素晴らしい性格と容姿の持ち主なんだったか?」
「そう!そうなんだよ!」
俺が食い気味で返答すると、悠吾はため息を吐いた。おい、ちょっと傷ついたぞ。
「あの人は、そう、仕事が出来るし、俺のことも気にかけてくれる優しさも持ち合わせていて、何よりカッコいいし可愛らしい。最近、実はギャップもあるって分かってさらに好きになったんだ」
「ふぅん。進展はしてるのか」
「一応……しては、いる。俺はそう思ってる」
たぶん天利さんにとって、俺はとりあえず「可愛い部下」ではあると思う。昨日、知り合いの店に連れてきたのは初めてだって言ってたし。
少なくとも俺は『その他大勢の一人』ではない、はず。
「つーか、そろそろ相手教えろよ。お前が前に付き合ってた奴の傾向からいって……経理の宮藤?あ、それとも鈴谷?」
「だ、誰でもいいだろ」
「否定しないってことは図星か?」
「勝手なこと言って……本当だったらどうするんだよ。協力してくれるのか?」
「いや、面白がって茶化す」
「絶対に教えない」
「あはは、冗談だよ。本気にすんな」
ぐいぐいと肘で押されるのを押し返し、窓の外を見る。日の光が眩しい。恨めしげに太陽の方角を見ていると、ギィと扉が開いた。
そして入ってきた人を見た瞬間、俺は情けなく腰を抜かしそうになった。
「?! あ、あま、天利さんっ」
「お疲れ。すまないが俺もいいか?」
「もちろん。どうぞどうぞ」
悠吾がにこやかに天利さんを招き入れる。
俺はというと、こくこくと頷くことしかできなかった。心臓が耳元でドキドキと鳴っているように感じる。
(もしかして、今の会話、聞かれてた?)
誰の話をしているのか特定できるようにはしてなかったけど、本人が聞いたら分かってしまうかもしれない。ああでも、天利さんは聞き耳を立てるような人じゃないし、きっと大丈夫、だよな。
「そうだ、菅谷。昨日言っていた飲みの席なんだが、日付を伝え損ねていたな。すまない」
「大丈夫です!いつでも空いてます」
「そうなのか?」
「淋しい奴〜」
「悠吾っ、うるさいぞ」
悠吾は口元を押さえながらくつくつと笑ってる。
確かに予定が何も入ってないのは淋しいけど、でもこれから好きな人との約束が入るんだ。まぁ、仕事の一環だけど。
「俺、昼飯まだなんで買ってきますね。じゃあな、海晴。自分の気持ちには素直になれよ」
悠吾は、ポン、と俺の肩を叩いて去っていった。何だかんだ言いながらも、応援はしてくれてるんだよな。だからか、ついつい頼ってしまう。
「仲がいいんだな」
「悠吾とは結構古い付き合いなんで」
「そうなのか。……ああ、それで日付なんだが」
天利さんがスケジュール帳を開きながら俯く。
俯いてる様子も可愛い。出来ることなら、悠吾が言うように、このまま告白して抱きしめたい。
(それが出来たらこんなに悩まないんだよなぁ)
それこそ、酒でタガが外れた状態でもなければ無理だ。天利さんに日付と飲みの席での話題の概要を教えてもらいながら、俺はひっそりと息を吐いた。
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