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6. 俺を見て※
「ほら、菅谷。とりあえず横になったほうがいい」
天利さんに促され、よたよたとベッドまで歩く。
ぽふんとベッドに身を預けると、心地よいあたたかさに眠気が誘われた。
「菅谷、すまないが冷蔵庫を開けるぞ」
「ふぁい」
自分でも返事だか何だか分からない声を出して了承の意思を示す。天利さんになら何を見られても大丈夫。
というか、見られて困るものもないし。
「まぁ、これでいいか……」
天利さんは冷蔵庫からペットボトルを出したようだ。そして、ベッドに腰掛け、それを俺の額に優しく当てた。ひんやりして気持ちいい。
「水、飲むか?」
「んん……」
「はは、それはどっちだ?」
天利さんが笑ってる。可愛いしカッコいい……。
というか、今さらながら、天利さんがうちにいるってすごいことだよな。嬉しい。
手を伸ばせば触れられる距離にいる。俺のことを心配して付いてきてくれて、甲斐甲斐しく世話まで焼いてくれて、本当に優しい人だなと思う。
(……少しは期待して、いいですか)
俺と同じ気持ちを持ってくれているんじゃないだろうか。少なくとも嫌われてはいない。だってこんなに優しくしてくれてるんだから。
そうっと手を伸ばし、天利さんの腕を掴む。
「ん?どうした。何か欲しいものがあるのか?」
欲しいもの?
そんなの、天利さんに決まってる。
「すが、」
俺は掴んだ腕を思いきり引き寄せ、いつの間にか、天利さんを以前のように押し倒していた。
「ったた……突然どうした。お前、実は酒癖が悪いのか?」
「悪く、ないですよ。酔いは醒めてきました」
「じゃあもう寝ろ」
「いやです」
「こら、駄々をこねるな」
天利さんが子どもを宥めるようにポンポンと俺の頭を優しく撫でた。その行為が、俺を"そういう対象"として見ていない証拠だと分かり、悲しくなる。
黙ってじっと見つめていると、天利さんの表情がだんだん困惑したものに変わっていった。
「菅谷、本当にどうした。何がしたい」
「この状況だと、その……そういうこと、ですけど」
そっと天利さんの頬を撫でると、天利さんは、ハッとしたように目を見開いた。
「ちょっと待て。いいか、冷静になれ。お前は酔っているせいで判断能力が落ちてるだけだ」
「酒の勢いだけじゃないです、よ」
「なおさらダメだ。降りろ」
肩をぐいっと押される。
明確な拒絶に、つん、と目頭が熱くなる。
「何でですか…っ!理由が知りたいです!」
「理由……?」
たぶん、天利さんの言うとおり、このとき俺は冷静じゃなかった。判断能力なんて欠片もなかった。本当に最低だと思う。
フラれるなら、相応の理由がほしかった。
俺が嫌いならそれでもいい。
というか、嫌われるようなことしちゃってるし、それが理由なんだろうけど。天利さんの口から聞くまでは諦めきれない。
と、そんなことを考えていると、天利さんは俺を真っ直ぐ見つめ、少しだけ躊躇ってから、口を開いた。
「……お前の気持ちを、知っているからだ」
そしてそれは、なかなかに衝撃的なものだった。
(俺の気持ちを知ってる? 天利さんが好きってことを? いつから?え、じゃあその気持ちを知ってて、しないって……それはつまり、そういうこと?)
頭がくらくらしてきた。
じゃあ今日までの色々な想いがだだ漏れだったってことか。それなのに普通に接してくれていた天利さんはすごいけど、でもつまり、俺の気持ちには答えられないってこと、だもんな。
「そ、れは……どうして、知って」
「お前は寂しいだけだ。勘違いをしている。優しくされて、すがりたくなる気持ちは分からなくもないが、こんなことをしたら本末転倒だろう」
俺に追い打ちをかけるように、天利さんが拒絶の言葉を重ねる。勘違いなんかじゃないのに。俺は本当に、天利さんのことが好きで。
「気持ちのない相手と体を重ねて、お前は満足するのか?虚しいだけじゃ、」
「満足しますよ。一時的にですけどっ!寂しくて可哀想な俺に、あなたを抱かせてくれたっていいじゃないですか!」
「……!菅谷、お前…」
天利さんが絶句しているのが分かった。
もうやけくそだった。
酒の席は上手く行ったかもしれない。
でも、醜態を晒した。介抱もしてもらった。
しかもせめて体だけでも繋ぎ止めようと躍起になってる。阿呆だ。情けない。情けなさすぎる。
「……俺は、お前とはしない」
「どうして、ですか。こんなに求めてもダメな理由が、何かあるっていうんですか?」
せめて天利さんの記憶に残らないだろうか。
そんな思いで組み敷く俺に、天利さんは決定的な言葉を吐いた。
「……俺にだって、好きな相手がいる」
頭をぶん殴られたような気分だった。
天利さん、好きな人いたんだ。知らなかった。
「そ、……そうなんですか」
あ、ダメだ。泣けてきた。
情けない。本当に情けない。
「泣くな。そんなに辛いのか」
「そりゃ、辛いですよ……ずっとずっと想ってるのに、好きな人に振り向いてもらえないんですから。……あはは、すいませ、俺、無茶苦茶なこと言ってる」
「……。」
天利さんは困ったような表情になってしまった。
何やってんだろうな、俺。
こんな顔をさせたかったわけじゃないのに。
「……、はぁ」
盛大なため息を吐かれ、ビクッとする。
すると、天利さんは抵抗をやめ、ベッドにポスッと倒れ込んだ。
スプリングの音がやけに耳に響く。
「……分かった。好きにしろ」
「え」
「このあと、お前が俺に何をしようと忘れてやる」
それはつまり、俺のことが可哀想で同情してくれたってこと? 一晩の思い出をくれようと、してます?
「俺の気が変わらない内に、早く」
天利さんが自分のネクタイに手を伸ばし、緩慢な動作で緩め、ほどく。
その仕草にやられた。
理性なんて焼き切れた。
**
衣服をすべて剥ぎ取り、四つん這いの姿勢になってもらう。天利さんは「そんな体勢」と顔を真っ青にしながら抵抗したけど、痛くしないためだと説明したら、しぶしぶ従ってくれた。
「…っ、ん」
「唇噛んだら血が出ちゃいます、よ」
咎めるようにそっと首筋にキスをすると、天利さんの体がピクリと跳ねた。驚いたように俺のことを見る。
そんな様子も可愛くてたまらない。
「……声が、出そうだ」
「えっと、その、出していいですよ…?」
好きでもない奴に組み敷かれてるわけだから声は確かに我慢したくなるだろうけど、でも、俺は聞きたい。
ローションを手に取り、あたためる。
指につけたゴムにもたっぷりつけたから、滑りはいいはず。
そして、そろりと天利さんの後孔の縁に触れた。震える背中をなだめるように撫で、キスを落とし、ゆっくりと指を差し込んでいく。
絡みつくような内部は熱くて、俺の指をぎゅうぎゅうと締め付けてくる。
(せめて、気持ちよくしてあげたい)
後孔への刺激だけで達することはできないと思うから、恐る恐る天利さんの昂りにも触れる。
緊張からか、嫌悪からか分からないけど、天利さんの萎えていた昂りは、擦るとどんどん硬度を増していった。
気持ちいいのかな。そうだったら、いいな。
「……手際が、いいな」
「え、そうですか?」
男性とのあれそれも調べまくったから、一応知識は豊富な方だと思う。
「勉強したんで」
「……。そうか」
天利さんはそれきり黙り、枕をかかえ、それに顔を押し付けてしまった。く、苦しくないのかな。
「早く、しろ」
「あ!ごめんなさい!」
ひとまず、指が3本入るくらいには広がった。
そろそろいいだろうか。
ゴムをつけ、ピタリと宛がい、ぐっと押し付ける。
なかなか入らなかったけれど、カリの部分がずるりと入ると、あとはスムーズに飲み込まれていった。
「……ん、ぐ…っ」
「苦しい、ですよね……あの、しばらく動かないんで、息を整えてください」
「……は…、はぁ…」
「そう…上手、です」
ぎゅう、と後ろから抱きつく。あったかいなぁ。
天利さんは何を考えてるんだろう。
俺のことかな。
それとも、好きな人のこと、かな。
「動きますね」
「……分かっ、た」
天利さんがくぐもった声で答え、その声にも昂りが反応してしまった。だって可愛すぎる。
ゆるゆると揺するような動きから、次第に奥に突き入れるような速さに変える。濡れた水音と腰を打ち付ける音が激しくなっていくのが分かった。
それに比例するように、天利さんの背や腰がビクッと何度も跳ねる。
「っ、は……やばい、です。きもちい…」
「菅谷、奥、やめ…っ」
「ごめんなさい、天利さん。ちょっと我慢できそうに、ないです…!」
腰を掴み、強引に引き寄せる。
天利さんが苦しそうに枕を握りしめてる。
俺の顔を見ようとしなくて、悔しい。
でも、俺にすがってほしい……なんて、言えない。
「ぁ…、うっ、ぐ……」
「ごめんなさい…ごめんなさい……っ」
俺は、ただ意味のない謝罪を何度も何度も繰り返した。少しだけでもいい、俺の想いが天利さんに染み渡るように。
ねぇ、天利さん。
どうすれば俺に振り向いてくれますか?
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