ボクの愛しい冷たいキミ

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 本来人魚とは深海に生息するもので、こんな人里近くの海に野生の人魚が現れることはまずない。群れとはぐれたのか、あるいはただたんに遊びに来ているだけなのか。  本来なら水族館でしか見られないような神秘の生物に、パーシィは最初に目を奪われた。あまりにも、間近でみる人魚は美しかったのである。  彼女――体格を見るに女性らしかった――は岸辺の岩に腰かけて、貝と貝をぶつけながら遊んでいる。昔本で読んだ、極東の遊びのおはじきと似ていた。  かつん、かつーん、かつん、かんっ。  軽やかな音が岩場に反射して、その音に合わせて笑う彼女の顔はなんとも無邪気。太陽のように華やかだった。  パーシィが人魚を伺いながらゆっくりと近づけば、パーシィに気付いた人魚は探るようにパーシィを見たけれども、逃げる様子はなかった。野生の割に警戒心がうすいのかもしれない。パーシィが手ごろな貝を拾って、人魚の遊ぶ貝に向かって、かつーん…とはじけば、人魚は意図を察したのか、彼女も貝ではじき返してくる。  かつん、かつーん、かつん、かんっ。  桃色、白、斑、黒。色とりどりの貝がぶつかり合い、軽やかな音を響かせた。パーシィと人魚はその日、日が暮れるまでひたすらに貝をはじき合っていたのである。  人魚は上半身こそ人間に似ているが、人間とは全く異なる生物だ。どちらかといえば、クジラやイルカに近いという。  人魚は言葉を話さない。複数の鳴き声を使って仲間と会話をするらしいが、その声は人間には聞こえない音であるらしい。  だから人魚とパーシィの間に意思疎通のための会話があったわけではなく、ゆえに人魚の方もパーシィを友人だと思ってくれているかはわからない。  ただパーシィの方が人魚を友人としたのは理由があった。人魚は人間に触れることがない。触れてはいけない。海岸で会った人魚も、パーシィに触れようとしたことは一度もなかった。  それだけで、パーシィにとって人魚を気の許せる友人とするには十分だったのだ。  最初は数日おきに来るだけだった海岸が、一日おき、毎日、次第に学校が終わってから日が暮れるまでずっと。パーシィは海岸に入り浸るようになっていた。  人魚の方も、パーシィを少なくとも悪いようには思っていないように見えた。パーシィが海岸に来ると、いつも彼女は笑顔でパーシィを迎えてくれる。  たまにお土産なんかも持ってきていて、深海の魚、珍しい貝、ついでに海に流した人間のごみなんかまで、いろんなものを誇らしげにパーシィに披露してくれるのだ。  パーシィが人魚になにか持っていくこともある。人間の食べ物は基本受け付けないらしく、パーシィの大好物のお菓子やミートパイは即座に吐いた。生魚も淡水魚は駄目。おかげでパーシィは海の魚と川の魚に随分と詳しくなったのだ。ちなみに一番の好物はイカらしい。あの美しい顔が、大きなイカをまるごとちゅるんっと飲み込んだのは驚いた。  人魚は食べ物のお土産よりも、玩具を喜んだ。単純に地上の物が珍しかったようだ。なにせ、人間のごみすら誇らしげに披露するぐらいだ。こうやって使うのだと持って来た玩具で遊んで見せてると、人魚は飲み込みよくすぐに使い方やルールを覚えた。
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