ボクの愛しい冷たいキミ

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 人魚に触れてみたいと思った。  あの好奇心旺盛な無垢な顔、深海色の艶やかな髪、真珠のような肌、虹色の鱗。  触れて、撫でて、抱きしめて。  きっと彼女の体は海のようにひんやりとしていて、人肌のような熱はないはずだ。  きっと彼女の皮膚は貝の裏のように滑らかで、人肌のように吸い付くようなことはないはずだ。  彼女の体は人間ではない。だから、彼女の体ならパーシィは触れることができる。一度そう思うと止まらなかった。  触れたい、触れたい、彼女に触れたい。全身で彼女を感じたかった。  ――それが駄目なことだとわかっていても、パーシィの願望は大きくなるばかり。  日々そんな想いに捕らわれるパーシィに、ある日ベスが手を伸ばしてきた。本格的に、パーシィに降れる手だった。パーシィは悲鳴を上げて跳び退る。彼女の伸ばしてきた手から、人の体温が湯気をあげて立ち上っているかのようだ。無論幻覚だが…それでも気持ちが悪い。あれは嫌だ。  ベスが舌打ちする。  「ねえパーシィ、この頃あなたはおかしいわ。まるで他に恋う人でもできたみたい」  それはキミの方だろう、という言葉は飲み込んだ。 最近彼女は、ケイとの関係を隠さなくなってきている。そう遠くないうちに自分たちの関係は終わりを迎えるだろう。近く終わる関係にわざわざ余計な波風をたてたくはなかった。  人魚はあれからしばらく姿を見せなかったが、それでも五日後にはいつもの場所に腰かけていた。とはいえ、パーシィが現れると一端海に潜って、そこから顔を出してこちらを警戒する。無理もない、とパーシィは思う。  パーシィが買い物袋からイカを取り出して見せると、彼女は勢いよく海から岩の上まで飛び出す。目が期待に輝いていた。パーシィはあえてゆっくりと、彼女を警戒させないよう近づいて、そうして袋一杯のイカをその場に置いてから距離を取った。  人魚が袋の中のイカを全て平らげ終えるころには、またパーシィと人魚の距離は以前のように戻っていた。
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