最後の温もり

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 駅の改札を抜けて出口へと向かって歩き出す。通路が濡れていて、きゅっきゅっという足音が鳴り、ちょっと嫌な気分になる。私はやっぱりかと思い通路の柱にもたれかかってリュックサックから折り畳み傘を出した。  今朝の天気予報では夜から雨だと言っていたけれど、朝食を食べながらお母さんに折り畳み傘を持っていくよう念を押された。 「それと千草、百花、仕事と学校終わったら時間ある?」 「千草ちゃんは仕事が忙しくて暫く残業続きでーす」 お姉ちゃんは家では自分のことを千草ちゃんと呼んでいる。 「今日はバイトも部活もないけど、どうかした?」 私は不思議そうに答えた。 「時間があるうちにお爺ちゃんの所に行っておいで。もうあんまり先が無さそうなの」 「じゃあ土曜日にでも行ってくるか。百花ちゃんはどうする?」 「週末はバイトあるし……今日行ってくるよ」 少し面倒くさそうに返事をしてしまった。  傘を差して病院までおよそ十五分。小雨だったけど病院に着いた時にはスカートの裾はびしょぬれになっていた。割と大きい病院なのに駅からのバスが無くてちょっと不便だ。  受付を済ませてからエレベーターに乗って壁にもたれかかり、ふぅと息をついた。雨の中を歩くのはしんどい。教科書が入ったリュックサックを駅のコインロッカーに置いておけば良かったと少し後悔する。  エレベーターを降りて廊下の突き当りから三番目、表札には門倉信三郎と、古風な名前に似合わない丸文字で書かれている。二回ノックをしてから私はゆっくりとドアを開ける。 「お爺ちゃん、来たよ」 返事は無い。  静かに病室に入ってベッドの横に行き、お爺ちゃんの顔を覗き込む。皺だらけ、シミだらけの顔は静かに寝息を立てている。  ベッドの横の椅子に腰掛けてから眠るお爺ちゃんの手にそっと触れてみる。冷たい。冷たいけれど微かに温もりを感じる手を私は両手で優しく包み込む。痩せこけてごつごつとした骨の感触を確かめるように優しく手をさすっていると 「昭子か」 お爺ちゃんの声が聞こえた。その声は枯れていて弱弱しい。お母さんと勘違いをしているみたいだ。無理に訂正しても意味は無いと思って、うんうんとだけ返事をする。半目に開いた瞳がこっちを見ている。 「お前には悪いことをしたと思っている。わしと母さんが養子同士だったせいで生まれたお前には苦労をかけた」  えっ?何のこと?突然の告白で頭が混乱する。取り合えず分かるのはこの『母さん』とは亡くなったお婆ちゃんの事だ。 「わしは父親がよく分かっていない。そのせいか、小学校に上がるころに斉藤家に養子に出された。わしは必要のない子供だった。母さんとは見合いだった。母さんの生まれの苗字は小寺と言う。しかし相続の関係で生まれてすぐに門倉家に養子に出された。わしはその門倉家に婿養子として結婚した」  頭が理解しきれない。頭の中で家系図を作ってみても聞いたことのない話なので上手に想像できない。 「お前が生まれた時、女の子だったのを知って門倉家からわしも母さんも、こっぴどく叱られた。お前が二歳になる頃に男の子が生まれたがすぐに死んでしまった」 お爺ちゃんの瞳は閉じかかっている。思わず手のひらに力が入ってお爺ちゃんの手を強く握ってしまう。 「お前が結婚するとき門倉家から必ず婿養子を貰って家を残すように言われておったが、わしも母さんも反対だった。もう嫌気がさしていた。お前たちが結婚をするのを許可したのが門倉の両親が亡くなってからだったのはそのせいだ。本当に申し訳ないことをした」  お爺ちゃんの瞳から一筋の涙が流れ、しゃべらなくなった。また眠ってしまったらしい。  大変な事を聞いてしまい暫く立つことが出来なくなる。この話を家で喋って良いものか?いや、黙っておこう。私はお爺ちゃんの手を布団の中に入れてから、そっと部屋を後にした。
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