最後の温もり

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 「千草ちゃんはお疲れだから百花ちゃんが運転してねー」 と、玄関を出るときにお姉ちゃんから車の鍵を渡された。この人は緊張感が無い。 「車の免許は取ったでしょ」 玄関を出てお姉ちゃんに見つからないようにため息をついた。  お姉ちゃんが帰ってくるのが遅くなったせいで帰宅ラッシュの時間になってしまった。カーナビによると葬儀屋まで二十分だったけど倍の時間が掛かってしまい、イライラしてしまう。 「社会人は大変なのよ。お爺ちゃんが死んだくらいで都合よく早く帰らせて貰えるって訳じゃないの。急いだって意味ないでしょ。イライラしなさんな」 それもそうだと自分に言い聞かせるけれども、スッキリしない。緊張感が無いのか、大人の余裕なのか、それとも強がってるだけなのか。  葬儀屋に到着するとお姉ちゃんがスタッフの人を見つけてお爺ちゃんの部屋に案内してもらえる事になった。葬儀屋の中は外の喧騒が一切聞こえず静まりかえっている。お婆ちゃんの時もこんな感じだったなぁと思い出した。  案内された部屋の入口に門倉新三郎と、薄い文字の行書体で書かれている。靴を脱いで私はゆっくりと襖を開ける。 「お爺ちゃん、来たよ」 返事は無い。  お姉ちゃんと二人で静かに部屋に入って布団の横に行き、白い布を取ってお爺ちゃんの顔を覗き込む。皺だらけ、シミだらけの顔は眠っているようだけど寝息が聞こえない。  二人で布団の横に正座をして線香に火をつけて手を合わせる。お爺ちゃんの手にそっと触れてみる。冷たい。当たり前だけどドライアイスで冷やされていて温もりを感じることは無かった。その手を私は両手で優しく包み込む。痩せこけてごつごつとした骨の感触を確かめるように優しく手をさすっていると、またお爺ちゃんが目を覚ますんじゃないかと思ったが、そんな事は無かった。  あれがお爺ちゃんの最後の温もりだと気付いて私の瞳から一筋の涙が流れる。 「お爺ちゃん、冷たいね」 お姉ちゃんがお爺ちゃんの顔を優しく撫でながら言う。 「うん……」 私がそう答えると 「さ、帰ろっか。あんまり遅くなるとお母さんに叱られるよ。お爺ちゃんまたね」 お姉ちゃんはそう言いながらお爺ちゃんの顔にそっと白い布を掛けてから立ち上がる。 「またね」 私はお爺ちゃんの手を布団の中に入れてゆっくりと立ち上がった。  私たちはスタッフの人にお礼を言って、玄関で塩を取ってから葬儀屋を後にした。  「帰りくらい運転してあげるよ。百花ちゃんもまだまだ子供だね」 そう言われて私は車の鍵をお姉ちゃんに渡した。涙を流した事に気付かれたみたいだ。  夕日が沈み切った街を走る車の中であの日の話を思い出して、複雑な気持ちが込み上げてくる。誰かに話して楽になりたい。お姉ちゃんは知ってるのかな。  「お姉ちゃん、お爺ちゃんの事なんだけど……」  私はあの日の話を語り始めた。
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