最期の温もり

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ーーー誰か来た…。 真っ白な砂漠のような大地にほんの少しの緑と青が浮かぶこの星に、訪れる者などこの数十年いなかった。 人間が滅び、この地球が崩壊してからは。 他の地球の人間が資源を狙いに荒らしに来たか。 音のする場所を、少し離れた影から眺める。 何やら探し物をしているようだ。 ーーーさて、どうしたものか…。 記憶を消して追い出すか、それとも存在そのものを消してしまうか…。 もうこの星に人間の場所はない。 しばらくするとその人間は泉の水を掬い、一口飲んで空を見上げた。 途方に暮れているようだ。 『どうかしたのか?』 「!!?」 私の声に、その人間は驚き、飛び上がった。 「すっ…すみませんっ!!この星の人ですか!?」 『此処に人間は存在しない。在るのは私だけだ。』 「?…そう…ですか。実はこの近くを通ってたら急にこの星に引っ張られちゃって…。 でも良かった、船が墜ちたのが民家とかじゃなくて。けど参ったな…誰もいないって…。どうやって宇宙に戻れば…。」 彼は残念そうに俯く。 『船が壊れたのか?』 「いえ、船は自力で修理すればなんとかなるんですが、燃料が…」 よく見れば、船には燃料洩れをした跡があった。急いで塞いだようだが、間に合わなかったのだろう。 私は少し考えて、彼に尋ねた。 『化石燃料は使えるか?』 「あ、はいっ!!えっと…戴けるんですか?」 『ここに居られても困るからな。少し待っていろ。』 私は大地に手を充て、化石燃料を今いる場所へ集めた。 「うわっ!!?」 一瞬、眩しい光が辺りを包んだ。 『此れでいいだろう。』 船の燃料はあっという間に満タンになった。 「えっ!?…どういう…っ一体どんな魔法をっ…!?」 驚く人間を気にせず私は続ける。 『急いで修理しないと戻れなくなるぞ。 この星は近いうちに宇宙霧に包まれるからな。』 「宇宙霧?」 『外から見えなくなると言うことだ。つまり此方からも外の位置がわからなくなる。必要なものが在るのなら云え。此処に在るものならなんとかしてやる。』 「あ、はい!ありがとうございます!!」 そう言うと彼は修理に取り掛かった。 自分でも驚いている。 あれ程呆れ果てた存在の[人間]を助けるなど。 だが、気紛れではない。 この人間に悪意がなかったからだ。 ーーーーーー。 「なんか…すみません、食べ物まで戴いちゃって…。」 『かまわん。この星にはもうこれくらいしか無いからな。』 そう言って幾つかの果物を手渡した、その時だったーーー 氷のように、酷く冷たい手が私に触れた。 驚いた私に彼は慌てて言った。 「あ、すみません!驚かしちゃって!俺、こっちの腕は作り物で…いつもは温度調整出来てるんですけど、ちょっと調子悪いみたいで…」 『いや、大丈夫だ。』 すまなさそうに笑う彼に、私は複雑な気持ちになった。 一瞬、視えたのだ。彼の居た星と、その先の未来が。少し前の私、この地球と同じだった。 ーーーーー。 何度目かの夜が降り広がろうとした頃、彼は船の修理を終えた。 『良かったな。』 「はいっ!!色々、ありがとうございました!!明日には飛び立てそうです!」 彼は笑顔で私に感謝を伝えた。 「何か、お礼が出来るといいんですが…。」 別にかまわん。と、言おうとしたが、ふと一つの事が頭を過った。 『ーーー歌は、歌えるか?』 「え!?歌ですか?歌はちょっと苦手ですが…コレなら得意です!!」 そう言って彼は傍らにあった。弦楽器を手に取った。 「ギターって言うんですけど、良い音しますよ!!」 そして彼はその腕で、私の全てにその優しい音色を響かせた。 少し懐かしいような、物悲しさが染み渡る。 『…自分の星に帰る途中だったのか?』 「いえ…別の星に行こうかと思って。今居る星は、私には合わないようで…。その途中だったんです。」 『…そうか。』 良かった。と、私は声なく緩やかな風の中で呟いた。 朝焼けの中、いつもと違う景色の最期を見つめる。 この感じは、何時ぶりだろうか。 私は彼の名を呼び、一つの石がついたペンダントを渡した。 『御守りだ。ーーー良い星に行けると良いな。』 「ありがとうございます!!」 笑顔で彼はそれを優しく握りしめる。 「あの…また、会えますか?」 『ーーーそれは、叶わないだろうな。君が生きている間には。』 どんな、表情を私はしたのだろうか。 彼は目を閉じて、 「そう、ですか…」 と、静かに応えた。 「あ!コレ!!」 突然彼はそれを私に手渡した。 昨夜、彼が弾いたギターだ。 『ーーーいいのか?』 「はい!もう一つあるんで!地球さんにはこっちの方が弾きやすいと思うから!」 そうして私と握手を交わし、彼は宇宙へ飛び立った。 ーーーさようなら、人間ーーー。 真っ白な砂漠に付いた彼の足跡が、風と共に消えて行く。 もうすぐこの地球は誰にも見えなくなる。 もう、人間に何か思うことは無いだろうと思っていたが…今、生きたあの冷たい手が誰かと繋がり会えることを願っている。 そして何時か、 私が再び目覚めた時、 星々に伝わり遺っているのが、 彼のように、優しい人間で在るようにとーーー。
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