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カストリア魔法学校の近くにはマーケットがある。
主に食材が多く、夕方になると主婦が夕食の買い出しのために魔女が多くなる。
さらに夜が更けると酒場も営業しはじめ、今度は仕事を終えた魔法使いの笑い声が溢れてくる。
空が暗くなるにつれて辺りはライトで明るくなり、常に賑やかなマーケットには、食料品だけでなく、衣類や文具も揃っていて、学生にも大きな味方だった。
箒を使えば行けない距離ではないが、学校とマーケットは空間瞬間移動でつながっていて、学校からの許可をもらえば放課後に買い物に行く事ができた。
カストリア魔法学校の5年生であるルネッタ・リンフォードは2歳年上の兄であるオリーブ・リンフォードの付き添いで一緒にマーケットに訪れていた。
「ルネッタ、必要な物は揃った?」
「うん、大丈夫。」
オリーブは勉強に必要な参考書とルネッタはノートやペンのインクを買いに来ていた。
「教科書、新しい物にしなくていいのか? 買ってやるって言ってるのに。俺のだともうボロボロだろ。」
「それはいいって言ってるでしょ。私はオリーブが使っていた教科書がいいの。」
ルネッタとオリーブは本当の兄妹ではない。
2人は戦災孤児であり、かつてリンフォード孤児院で苦楽を共にしていた。
血のつながりはないが、2人ともお互いに家族よりも強い絆があると信じている。
15年前の戦争の影響でオリーブやルネッタぐらいの年頃の孤児は多い。
その社会問題を解決すべく、アストイア国は孤児に対し様々な支援を行っている。
国中の教会に要請を求め、孤児院の設立と孤児の保護。
17歳までの孤児に無償の魔法教育を受けられる環境の提供。
学校卒業後の就職の支援。
無償の教育の支援には教科書や制服の無料提供も含まれている。
しかし正しくは卒業生からの寄付であり、手元にくるのは使い古された物ばかりだった。
オリーブは誰かから譲り受けた物を、ルネッタはオリーブから借りた物を使っていたため、2人の手元に来る教科書や制服は綺麗で新品の物ではなかった。
オリーブは将来の資金集めのため、学校が休みの週末はアルバイトをしていた。
今日はそのアルバイト代で、オリーブがほしいと思っていた参考書だけでなくルネッタが必要な文具もオリーブが払っていた。
オリーブはルネッタの教科書を新しくするよう勧めるが、今までも消耗品はオリーブがだしていて、他の物で賄えている物までだしてもらうのはルネッタは気が引けていた。
金銭的な支援がないルネッタは自分もアルバイトしようかと何度も思ったが……
「だめだ。」
「で、でもオリーブ、私も卒業した後のためにね……」
「それなら俺が何とかするって何度も言ってるだろ。放課後や夜遅くまでバイトは危ないからさせられない。」
オリーブの強い反対にルネッタはいつも負けてしまっていた。
親友のニーナがいつもオリーブに対し過保護だとからかっていたが、ルネッタの頭にもその言葉がちらついて、オリーブに気づかれないよう小さくため息をついた。
ふと、ルネッタの目線の先に仕立て屋があった。
ガラスでできたドアの中には珍しく客で賑わっていて、店員も遣い魔である妖精たちも忙しそうにしていて、声が聞こえなくても大変繁盛しているのだとわかった。
「もうすぐ対抗戦だからな。この時期仕立て屋は稼ぎ時らしい。」
「……そうなんだ。」
ルネッタの視線の先に気が付いたオリーブが言った。
店内の中にいる女の子たちが楽しそうに生地や装飾を選んでいて、その親であろう大人が微笑ましく彼女たちを見守っていた。
オリーブが先を歩きだしたのをルネッタは気が付いていたが、ルネッタは仕立て屋のショーウィンドウに飾られているドレスに釘付けになり、その場で立ち止まった。
ふんわりとした生地で作られた純白のドレスは、装飾品が光を浴びてキラキラと輝いている。
ルネッタがそのドレスから一瞬だけ目線をそらすと、ショーウィンドウのガラスに自分の姿が映っていた。
誰からもらったのかわからないお下がりの制服を着た自分がそこにはいた。
ドレスと自分の姿を見比べたルネッタは現実に戻されたようで、思わず仕立て屋から目を反らす。
そして先に行ったオリーブを足早に追いかけていった。
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