異国の恩師

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異国の恩師

季節は冬。 アストイア国全域は雪が積もり、銀世界となっていた。 カストリア魔法学校の屋根や庭にも雪が積もり、木々にはこの季節限定で光る木の実で装飾をされている。 まだ明るいうちは生徒たちが休み時間や休日に雪遊びをしていて活発な印象をもたらすが、夜は木の実が光り、幻想的な姿になる。 今だけの珍しい姿をするカストリア魔法学校に、これまた珍しい来客がいた。 「初めまして。寒い中ご足労いただき感謝いたします。(ジン)梓宸(ズーチェン)殿。」 ”校長室”と書かれた部屋の中、その部屋の主であるカストル・エーリダノスが老人に頭を下げた。 老竹色の漢服を着る老人はカストルの挨拶に応えるように両脇を広げ、自身の顔の前に右手で拳を作り、それを自身の左手で包みこんだあと、静かに一礼をした。 老人の長い黒髪が一礼に合わせてわずかに揺れる。 「こちらこそ、お招きいただき感謝いたします。貴国に足を踏み入れることは初めてゆえ、なにか無作法があるかもしれんがお許しいただきたい。」 「そんな気を遣っていただかなくても大丈夫ですよ。旭陽(シィーヤン)国唯一の魔法学校、鬼騎(グイチー)魔法学校の校長先生が来ていただけただけでも素晴らしいことです。梓宸殿にはどうか気を楽にしていただきたい。」 カストルが労いの言葉をかけると、梓宸は薄く笑みを浮かべ、また頭を少しさげた。 カストルは来客用のソファに梓宸に座るよう促し、その向かいにカストルも腰かけた。 今日は鬼騎魔法学校の校長である梓宸がカストリア魔法学校に視察に来ていた。 旭陽国の学校の先生が他国の学校に来ることは歴史上初めてのことであり、戦後13年にしてようやく実現されたことだった。 実現が果たされたのは鬼騎魔法学校の生徒を1人、カストリア魔法学校が留学生として受け入れていることが大きな要因となっている。 「しかし、驚いたのう。貴校だけでなくどこに行っても雪が積もっていて真っ白でした。」 「この季節はアストイア国はどこもこのような雪景色ばかりですから。旭陽国では雪はふりませんか?」 「山の高いところには雪が積もりますが、他はふっても積もることはないですな。わしも雪の上を歩いたのは数十年ぶりじゃ。」 老人は黒くまっすぐと伸びた髭を撫でながら静かに笑った。 「ここの生徒さんが雪で遊ぶ姿を拝見いたしました。わしの姿を見て驚いた生徒さんもいましたが、皆さま活発で、我が校の生徒とは随分様子が違って……。」 梓宸の言葉が切れた。 なにか続きそうな言葉は空気の様に梓宸の口から消えたみたいだった。 「此度は()小焔(シャオエン)が大変お世話になっております。どうですかな、彼は。」 口からもれかけた言葉を誤魔化すように梓宸は鬼騎魔法学校から送り出した留学生の話をする。 カストルも話を反らされたことには気が付いていたが、あえて触れないように話題にのった。 「大変優秀ですよ。成績はいつも上位、親しい仲間もいるようで、周りから慕われています。彼自身のこと、まだ成果をあげられていないのは残念ですが、前向きにとらえているようです。」 「親しい……仲間……。」 「……ええ。」 梓宸が繰り返した自分の言葉にカストルは小さな違和感を抱いた。 とりあえず肯定をするように返事をしてみたものの、梓宸は何か考え事をしているようで反応がない。 そして自分に向けられた視線に気が付いた梓宸はまた微笑み、数回うなずいた。 「いや、それは、馴染めているようでよかった。あとで彼にも挨拶に行かせていただくとしよう。」 「そうしてあげてください。今夜は我が校でお部屋を準備いたしました。お食事も用意いたしましたので、よろしければご賞味ください。お口に合わなければぜひ私の秘書にお伝えください。」 カストルの傍に控えてた秘書であるヘレンが一歩前に出て、梓宸に対して一礼をする。 縁がないメガネが光で反射した。 「では、お部屋にご案内いたします。」 「ああ、ありがとう。」 ヘレンが促すと梓宸は「よっこいしょ。」とゆっくり立ち上がった。 それからカストルに軽く頭を下げて、ヘレンに案内をされて校長室からでていった。 1人になった部屋でカストルは静かに息をついた。 そして、梓宸の言動を思い返す。 「親しい、仲間……。」 なぜその言葉を繰り返したのかカストルの中で小さくひっかかっていた。 小焔が留学に来たのは自身と小焔にかけられた呪いをとくためだった。 小焔は悪意ある魔法使いに父親と一緒に人狼の呪いをかけられ、満月の夜に狼男になってしまう体になった。 父親にいたってはより強く呪いがかかり、狼男の姿のまま人に戻れず、理性を失い、人を襲ってしまう始末だった。 カストリア魔法学校に来て小焔の呪いは上書きされ、今ではある条件以外狼男になることはなくなり、満月の下でも人の姿でいられるようになった。 呪いのことを含めて梓宸に話したのだが、梓宸が反応したのは別の個所だった。 それがカストルに小さな違和感を生み出し、いつまでもくすぶっていた。
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