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無意識なのかルネッタを求めているからなのか、ドラゴンは会場を飛び出たあとシナシティの森に向かって飛んでいた。
しかしその飛び方はとても不安定で、ふらふらと身体を揺らしながら飛んでいる。
レンガ造りが多いアストイア国の建物にぶつかっては、衝撃で石屑がパラパラと落ちた。
校長のカストルは警察に連絡し、国民の安全は確保されていた。
あとはドラゴン捕縛だが、鬼騎の1人の選手を口に咥えたまま飛び回るドラゴンに、刺激はできないと距離をとって地上と空中の両方から警戒することしかできなかった。
そんな緊迫した状況をお構いなしに高速で何かが空中にいるパトカーの間をすり抜けた。
最新型の空飛ぶスケートボードに乗ったニーナがブロンドの髪をキラキラと靡かせて駆け抜けていくため、まるで閃光が走ったかのように警察たちは錯覚した。
(追い付いた……! 悪いけど、まずは降りてもらはないとねっ)
ニーナはぐんっと高度を上げ、ドラゴンの首に向かって上空から体当たりをした。
ドラゴンは衝撃で7階建てのアパートの煙突にぶつかり、そしてそのまま屋根に転がった。
ニーナもドラゴンの背中にバウンドするように跳ね返り、同じ屋根の上に転がるように着地する。
スケートボードだけが地面に叩きつけられ真っ二つに割れた。
「いたた……」
ドラゴンの背中で衝撃を緩和できたニーナは体の痛みに耐えながらゆっくりと立ち上がる。
落下で舞い上がった砂埃が晴れていき、赤く充血した目がニーナを捕え、ニーナは体を震わせた。
ドラゴンの口からは鬼騎の運動着を着た男子生徒の手足がだらりと飛び出ている。
血は出ていないことから、ドラゴンは噛んでいないとニーナにはわかった。
「ご、ごめんね、ぶつかってきて……でも、その人のこと離してほしいの。」
ニーナは言葉が通じるかどうかもわからないが、とにかく説得を試みる。
しかしドラゴンの瞳は変わらない。
鼻息を荒くして怒りを込めた視線で刺すようにニーナただ1人を見つめていた。
ドラゴンは一度上を向き、パクパクと口を何度も開いては閉じるを繰り返した。
ニーナはドラゴンの行動がわからず目を瞬かせると、ドラゴンがリズムよく口の開閉をするたび、気を失っている男子生徒の体制がドラゴンの口の中で変わっていった。
やがて男子生徒の頭がドラゴンの口の奥へと向きが変わっていく。
ニーナにはそれが鳥が魚を丸呑みする際、魚を頭から食べようとするときの行動に見えた。
「止まれっっ!!」
ニーナは瞬時に杖を出し、ドラゴンに静止の魔法をかけた。
ドラゴンは口を大きく開けたまま、まさに丸呑みしようとする瞬間でピタリと止まっている。
「だ、だめだめだめ! 食べちゃダメ!!」
ニーナは杖をドラゴンに向けたまま即座に駆け寄って男子生徒の足を掴んで引っ張り出そうとする。
しかし体格差により男子生徒の体重が重すぎるのと、ドラゴンが口を斜め上向きにしているため、上手く引っ張り出せない。
さらに生き物の動きを操る魔法を苦手とするニーナの魔法では、大きなドラゴンにはあまり効かず、徐々にドラゴンが動き出そうと体が震え始めている。
「こんなのまずいから、止めなさいってば!!」
男子生徒を口から取り出すことだけを考えていたニーナは、後先考えず空いたドラゴンの口に自ら飛び込んだ。
そしてドラゴンのよだれで滑りやすくなった男子生徒をお構いなしに、手で押したり足で蹴ったりして口から押し出す。
「この……重いんだってばっ!! てゆうか起きてよ!!」
ドラゴンの口の奥から、ドラゴンの息を感じた。
ニーナの髪を揺らすその吐息を鼻で感じたニーナは穴の奥に違和感がする。
「なに……これ……」
徐々に息が上がり、何かが喉に詰まる感覚。
次第に息が上手くできなくなっていった。
ヒューヒューと、か細い息しか吐けないその感覚は過去に何度かあった、忘れられない苦しみだった。
(まずい……)
アレルギー反応だとニーナは気が付いた。
気が付いてしまえば、焦りと苦しみで全身にドッと冷や汗をかく。
やがてニーナの魔法がとかれドラゴンが動き出すと、口のなかに2人の人がいる状況に驚いたドラゴンは頭を振ってニーナと男子生徒を吐き出した。
2人は屋根の上に放り出され、男子生徒は気を失ったまま目を覚まさず、ニーナは息苦しさで立ち上がることもできなかった。
(どうしよう……助けて、ルネッタ……)
のしのしっと巨大な体で近づき、ドラゴンがニーナに向けて大きな口を開いたときだった。
「だめよ。」
ふわりと上空から、ニーナとドラゴンの間に入るようにカストリアの制服を着た少女が軽やかに舞い降りた。
ドラゴンが口を大きく開けて食べようとしている危機に臆することなく、ニーナに背を向け、守るように両腕をいっぱいに広げている。
「ルネッタ……」
ドラゴンも世話をしたルネッタを見て、ピタリと固まり、躊躇うように少しだけ口を閉じた。
「大丈夫、あなたは人を食べない。我慢できる子。」
ルネッタは優しい声でまっすぐとドラゴンの瞳を見つめた。
ドラゴンを心から信じている声だった。
しかし、ドラゴンは頭になにか小さな衝撃を受けたかのようにピクリと頭を揺らすと、再び大きな口を開け、ルネッタを襲おうとした。
ルネッタの危機に辺りを旋回していたサンダーバードが翼に雷光を帯だたせ、ドラゴンを攻撃しようとするが、ルネッタがサンダーバードに視線を送りそれを制止する。
「……ごめんね。」
ぽつんと吐かれた言葉にドラゴンはまた静止する。
今度はルネッタの肩や腰にドラゴンの歯が食い込んでいるのにも関わらず、ルネッタは動じない。
「本当は人を、襲いたくなんかなかったよね。」
本来であれば、穏やかで頭のいいドラゴン。
人の都合で魔法で操り、スターを守るために攻撃するよう暗示されていた。
しかし、ドラゴンの心を完全に乗っ取ることはできない。
ドラゴンの心の奥では人を襲うことをに苦痛を感じていた。
またドラゴンは一度人を食らい、その血や肉の味を覚えてしまうと凶暴化し、人を襲うようになる。
そうならないよう、人を傷つけ、その血をすすった時点で殺処分されるように法律で決まっている。
群れで生活するこのドラゴンには、待っている家族がいる。
本当ならば、今も変わらず家族と過ごしていたはずなのに。
ルネッタはゆっくりと体を引き、ドラゴンの視界に自分の姿が入るように2,3歩その場から下がった。
そしてドラゴンの鼻に触れ、自分の頬を摺り寄せる。
「あなたを必ずおうちへ帰すから……お願い、頑張って。」
ドラゴンからゆっくりと深い鼻息が漏れ、ドラゴンは口を閉じた。
そして、人から少し離れるように屋根の上でお座りの恰好をする。
その目はまた輝かしい黄金の瞳に戻っていた。
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