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ぼんやりと靄がかかる白い世界で、ルネッタ1人がそこに立っていた。
栗毛の髪に朱色の瞳。
ニーナが親しみ見慣れたルネッタの姿だ。
しかし振り向いてこちらを見るその表情は暗い。
微笑んでくれないルネッタにニーナは不安を感じた。
そして少しずつルネッタの髪は白銀に瞳は碧色に変わっていく。
瞳に涙を浮かべるルネッタはニーナに背を向けるとそのままどこかに行こうとした。
(待って、私謝りたいの……!)
(本当はルネッタと一緒にいたい、その髪も瞳も怖くないから!)
(行かないで、ルネッタ……!)
心では何度も叫んでいるのに言葉として出てこない。
ぱくぱくと空気だけでる口では何も伝わるはずがなく、ルネッタは白い靄のなかへと消えていった。
***
「ここにいるよ!」
その声と手から伝わる温もりでニーナは夢から引き戻られるようにバチンッと目を覚ました。
ルネッタが来ていたパーカーを枕にして地面に寝ていたニーナの目からは涙がこぼれていた。
「ニーナ、大丈夫? すごくうなされてたから……。」
心配そうにのぞき込むルネッタの声を聴きながら、ニーナはぼんやりと起き上がり、周りを見回した。
屋根の上で気を失っていたニーナはいつの間にか地面に降ろされ、警察が慌ただしく辺りを走り回っている。
そして最後には視線を落とし自分の体を見ると、ルネッタが着ていたコートがかけられ、自分の左手をルネッタが両手で包み込むように握っている。
「ルネッタ……」
手に感じる温かさの正体がわかった瞬間、緊張が緩んだかのようにニーナの目から再びボロボロと涙がこぼれ、かすれた声でルネッタを呼んだ。
「ごめんねぇ……」
顔をくしゃくしゃにして声を絞り出すように謝るニーナの見たことがない表情に、ルネッタは目を丸くする。
「私、ルネッタが知らない人に変わっていくみたいで、不安で、どうしたらいいかわからなかったの……。最初は何かあるのに何も話してくれないのも、嫌だったけど……なんか感じが変わって、ル、ルネッタのこと、怖いって思っちゃって……。」
ルネッタが握っていない右手で、顔が真っ赤になるぐらい顔をこすり涙を拭う。
そしてニーナはズズズッと思い切り鼻をすすって顔を上げた。
「でも、ルネッタは、なんにも変わってない!」
ニーナの言葉が、ルネッタのこころにトンッと軽やかに叩いた。
ニーナの飴色の瞳が涙でさらに輝き、眩しいくらいにまっすぐにルネッタを見てくる。
「さっきので思った、ルネッタはルネッタのまま、動物に優しくて、頭が良くて……私が知っているルネッタの……ううん、それ以上に強くなった大好きなルネッタのまま……!」
ニーナが気を失う前に見たルネッタの姿。
動物に愛情を持って挑み、そして体を張って守ってくれた背中に、自信がなくて憶病に震えるルネッタはおらず、ニーナの知っているルネッタを超えていた。
けれども、瞳や髪は違っていても、逞しくなっていても、ニーナが慕うルネッタがそこにはいた。
そしてその”ルネッタのまま”という言葉は、月のカケラで変わっていく自分に不安を持つルネッタに、暖かく響いた。
「ありがとう……ニーナ……」
気がつけば、ルネッタの目からも涙がこぼれていた。
ニーナとは違うほとほとと力なく流れる涙が、止まることなく落ちていく。
「ニーナ、不安にさせてごめんね。私のことを話したらニーナに嫌われるんじゃないかって怖かったの。」
「ルネッタのこと嫌いになんか……」
即座に否定するニーナの手を再び握り、ルネッタはニーナの言葉を遮った。
「そう思うくらい、私もニーナが大好きよ。」
ルネッタは涙を流しながら微笑んだ。
ニーナが久しぶりに見た、そして見慣れたルネッタの笑顔だった。
「ニーナ、私の話を聞いてくれる? 信じられないかもしれないけど……」
「信じるよ、ルネッタのことは、全部。」
ルネッタはすべて話した。
自分の中にいる月の魔女の存在を。
そして月の魔女の正体を。
自分の体に起こっている異変や、月の魔女で関わった人たちのこと。
そして今わかっているすべてのことを。
最後には、好きな人がいることも。
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