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「あれ、そういえば私、苦しくない。」
全てを話し終えたあとのニーナの反応は、ルネッタが拍子抜けするほどあっけらかんとしていた。
ただ「頑張ったね、私も力になるよ。」と元気よく励まし、そんなニーナにルネッタは心が軽くなった。
お互いに気分も落ち着き涙が引くと、ニーナは自分の首を触ってハタと気が付く。
アレルギーの症状で息ができなかったのに、いつも間にか楽になり、会話も普通にできていた。
「あ、ごめん、ニーナが気を失っている間に薬入れといた。」
ルネッタが自分の四次元ポシェットから小瓶を取り出し、空になったそれを見せた。
中に入っていた液体を魔法でニーナの体内に入れ、アレルギーの症状を抑えていた。
「前にも発作が起こったことあったよね。あのとき何もできなかったから、オリーブに薬の作り方教えてもらってたの。」
発作が起きたのは2年も前のこと。
治癒魔法が使えないルネッタはオリーブに頼み、薬を作っていた。
今度は、自分が親友を助けるために。
「ルネッタ……ありがとう。でもなんで、アレルギーなんて起きたんだろう? 私キノコ食べてないのに。」
「ドラゴンに暗示をかけるとき、魔法がかかりやすいよう催眠状態にしたときに幻覚作用があるキノコを食べさせてたの。もしかしたらドラゴンが吐く息にキノコの胞子が混ざってたのかも。」
「ふーん……そういえばドラゴンは?」
「……ドラゴンは……。」
ルネッタはちらりと目線を送るとニーナもその先を辿るように同じ方向を向いた。
魔法で本来の半分程度の大きさに変えられ、手足に鎖を撒かれ口に猿轡をされたドラゴンが警察によって檻の中に入ってどこかに運ばれようとしていた。
「ちょっと何あれ……」
「ま、待って、ニーナ!」
まるで捕らわれの身となりこれから処分されるのではないかと思わせるドラゴンの姿に、ニーナは慌てて立ち上がろうとすると、ルネッタがニーナを抑え込むように止めた。
「大丈夫、これからシナシティの森に運ばれることになってるの。鎖とかは……さっきまで暴れていたから、一応だって。森についたら解いてくれるみたいだから。」
「……そっか。」
ドラゴンを一番に想うルネッタの様子を見て、ニーナも安心したようにその場で座る。
ルネッタは短時間とはいえ拘束してしまう罪悪感と、ドラゴンの落ち着いた状態を見て安心する気持ちが混ざり、複雑そうな表情でドラゴンを見ていた。
すると1人の男が警察の間を縫ってふらふらと檻の中にいるドラゴンに近づく。
奇妙な行動をするこの男を奇怪な目で見る警察たちを他所に、男はしばらく考える素振りをすると、臆することなく檻の中に自らの両腕を突っ込んだ。
ドラゴンを閉じ込めるための檻の隙間は成人男性1人ぐらい難なく通り抜けられるぐらい空いており、その男もほぼ上半身を檻の中に入ってしまっている状態だった。
「……あの人なにやってるの?」
「……な、なんだろう……?」
遠くからその様子を見ているルネッタとニーナには男と警察の声は聞こえなかったが、奇妙な行動をする男を警察が止めようとしていることはわかった。
男は警察の制止を振り切り、ドラゴンに嵌められた猿轡をとると、躊躇なくドラゴンの大きな口を両腕でこじ開けた。
さらにその口の中に自らの顔を突っ込んで、ドラゴンの口の中を見回している。
「えっ、ええっ、ねえ大丈夫なの!?」
「ちょ、ちょっと行ってくる……!」
ルネッタは思わず立ち上がり、パタパタと駆け足で騒ぎのもとへ向かった。
自ら危険を冒すその男を、警察は3人がかりで背後から体を掴み檻から引っ張り出すようにドラゴンから離した。
そして警察からお叱りを受ける彼は、ドラゴンのよだれがついた頭を犬の様に振ることで水分を飛ばし、警察の言うことにまったく聞く耳を持っていない様子だった。
そして適当に警察をあしらうようにひらひらと片手を振ると、男は走ってくるルネッタの存在に気付く。
そして警察に向けて振っていた手を今度はルネッタに向けて振り、呼ばれているようにルネッタには見えた。
改めて男の姿を見たルネッタは、その男が旭陽国の人だと気が付いた。
旭陽国の特徴的な顔つきと黒い瞳に黒い髪。
長髪の髪を後ろで一本に縛り、長身で体格はがっしりと逞しかった。
(誰……なんだろう……? 鬼騎魔法学校の関係者の人かな?)
ルネッタが男に駆け寄ると男はルネッタをまじまじと見つめたあと、親指を立てて男の背後にいるドラゴンに指差した。
「龙本身不是龙被揭穿的原因。」
「……え?」
「这是由这个虫子引起的。」
「……ええっと、あの……?」
聞いたことがない発音と言葉。
旭陽国の言葉だった。
対抗戦の最中は競技場内のみそれぞれが母国語で話していても魔法で通訳されて耳まで届くようになっていた。
しかし競技場を出てしまえばその機能はなく、言葉が翻訳されないまま聞こえてくる。
何かを伝えようとしているようだが、全くわからない男の言葉にルネッタはパチパチと目を瞬かせた。
男もルネッタが自分の言葉を理解していないと気が付くと、めんどくさそうにため息を吐き、自分のポケットをごそごそと探り出した。
男はポケットの中でヨレヨレになったメモ用紙を雑に破ると、何もない空間からペンを出し、破った紙に何か書き始めた。
ザラザラと書き殴るようにペンを動かした後、その紙を押し付けるようにルネッタに渡した。
(……なんて、書いてあるんだろう?)
前に小焔から教えてもらった漢字というもので羅列されたその文章にルネッタは頭を傾げるしかなかった。
紙に目線を向けるルネッタの傍で、男は小瓶を振り、こちらを向けと意思表示をする。
小瓶の中には小さな虫の死骸が入っていた。
女子ならば悲鳴をあげる代物だが、動物の世話で慣れているルネッタは顔色ひとつ変えずその小瓶を受け取る。
「请把这个给李小焔。」
「えっ」
男が何を言っているか全くわからなかったが、男の言葉の中で聞き馴染みのある音にルネッタは男の顔を見る。
その反応を見た男は自分の言いたいことが伝わったと判断し、やれやれという表情でそのままふらふらとどこかに行ってしまった。
「どうだった? なんかさっきのヤバイ奴と話してなかった?」
「……うん、大丈夫だと思う。」
ニーナのもとに戻ったルネッタは、男から渡された手紙と虫をもう一度見た。
そして男が最後に残した言葉。
(……小焔にこれを見せれば何かわかるってことかな。)
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