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鬼騎の選手がドラゴンに攫われたままどうなったかわからない選手たちは、試合会場のど真ん中で集まっていた。
試合が続行不可となった今では結界は解除され、もとの芝生のグラウンドに戻った状態で、選手を助けにいったニーナを待っている。
なかでもカストリア代表のレオンは上空に目線を向けたまま全く動こうとはせず、その様子を見ている浩然は早く棄権をしないかと苛ついた様子で地面に座り込んでいた。
カストリアや鬼騎の他、オエナンサやグランナットの選手たちも教師側からの指示がないのと試合がどうなったかわからず、グラウンドの真ん中で各々座ったり立っていたり雑談していたりとその場から動くことができなかった。
「おーい」
はるか遠く上空から声がした。
レオンが目を凝らして空を見ると、会場に向かって飛び降りてくる少女がいた。
「ニーナ!?」
ニーナはサンダーバードから飛び降りると、魔法で風を操り着地直前で衝撃を和らげてふわりと降り立った。
レオンを始めカストリアの選手たちがニーナに駆け寄る。
「大丈夫かい? ケガは……ドラゴンはどうなった?」
「はい! ドラゴンはシナシティの森に帰りました。食べられそうになった人も気は失ってたけれど大きなケガもなく、無事です!」
「そうか……。」
ハツラツと答えるニーナの様子に大事にならず解決したとわかったレオンは息をつき、レオンに釣られるようにカストリアの選手たちも笑顔を見せ始めた。
その少し離れたところにサンダーバードが羽根を羽ばたかせながら降りてきて、背中に乗っていたルネッタも地面に降りた。
ドラゴンほどの大きさや迫力はないが、会場に現れた別の動物に観客たちはわずかな感嘆の声をあげる。
「ルネッタ……」
レオンがルネッタに気づき声にだすと、カストリアの選手たちも一斉にルネッタを見た。
加えて他校の選手たちも話題に上がった少女に目線を向ける。
彼らのその目線は歓迎のものではなく、不安や疑惑や嫌悪感などの想いが込められ、感じ取ったルネッタもわずかに後ずさる。
「へえ、そいつが呪いの女?」
漂い始めた不穏な空気を煽るようにわざと声に出して浩然はルネッタに近づいた。
「あんたがドラゴンを嗾けたんだって? 大人しそうな顔してやるね。」
「ち、ちが……」
「あんたのドラゴンのせいでカストリアは責任を問われてるんだよ。」
無遠慮に顔を近づかせルネッタに反論の余地なく責める浩然に、ルネッタは圧倒され身を縮こませた。
浩然から逃げるように視線を背けるとその先に視界に入ったカストリアの選手たちがルネッタを訝し気な目で見ていた。
怖がるルネッタを察したサンダーバードが2人の間に顔を入れ、浩然に威嚇すると、浩然はそれ以上のことはせずルネッタから離れた。
ルネッタはカストリアの選手たちとなるべく視線を合わせないように彼らの横を通り抜けると、鬼騎の選手たちの中にいる小焔のもとへ駆け寄った。
「小焔……これ……」
今度は鬼騎の選手たちに囲まれ視線を浴びるルネッタは居たたまれない想いをしながらも、小焔に男からもらった紙と小瓶を渡す。
「ルネッタ?」
「たぶん、旭陽国の人だと思う……男の人が小焔に渡してほしいって。」
「俺に?」
小焔は小瓶の中の虫を見た後折りたたんだ紙を広げ、男が書いた文字を読むと、小焔の目がみるみると大きくなっていく。
「浩然! これ、読んでみろ。」
小焔が声をあげ浩然を呼ぶと、浩然は面倒くさそうに小焔に近づき紙を受け取り、その紙に目を通す。
すると浩然も小焔と同様に目を大きくなっていった。
「何が書かれているんだい?」
浩然の表情の変化に気が付いたレオンが駆け寄り訊ねると、周囲にいた選手たちの視線が一斉に集まった。
「ドラゴンが暴れたのはドラゴンが原因じゃないって書かれてる。俺たちの言葉で。」
「どういうこと?」
「原因はこの虫だ。ドラゴンの奥歯に潜んでいたこの虫は生き物に寄生して神経を狂わせ、凶暴化させ、自滅させるみたいだ。厳しく規制されている生き物だから、一般人が入手することは困難だし、そもそもアストイア国に生息はしていないって。」
「そんなの、そいつが嘘ついてるかもしんないじゃん! その紙だって偽装かもしんないじゃん!」
「嘘じゃねえよ。」
春梅がルネッタを指差して訴えるが、小焔は一刀両断する。
「それを書いたのは、鬼騎魔法学校の教師であり世界的にも有名な生物学者、劉・龍煌先生だ。」
鬼騎の選手たちかわわずかなざわめきが起こった。
数人の選手が浩然がもつ紙を覗き込むと、確かにそこには”劉・龍煌”とサインがされている。
勝利のために仲間を見捨てる精神を持つ一方、旭陽国の国民は帝をはじめ親や教師などの年上を敬う礼儀正しさをも持ち合わせ、それは十代の彼らの精神にしっかりと刻み込まれていた。
そのため教師である龍煌がそう断言すれば、彼らは反論ができないでいる。
「君たちの先生がそう言うなら、俺たちは棄権しなくてもいいよね?」
龍煌のメッセージに黙ってしまった浩然に追い打ちをかけるように、すかさずレオンがみんなの前で浩然に話した。
浩然からは先程までの余裕な表情は消え、チッと小さく舌打ちをする。
「……ドラゴンの管理はあんたたちの責任で、俺たちの仲間が被害を被った。この事実は変わんねえよ。」
「なら俺たちが奪ったオエナンサのスターを1つ、君たちにあげるよ。そして俺たちの手元に残ったスターをすべて捨てる。」
「……は?」
思いもしなかったことを言い出すレオンに浩然は情けない声を出すと、レオンは静かに笑った。
余裕がなく笑わなくなった浩然とは対照的に、今度はレオンがいつもの穏やかな顔をしていた。
「たしかに君たちの仲間を危険に晒してしまった。他校のスターがあれば次の試合で人数が増えるし、これはお詫びだよ。あとは迷惑料。迷惑をかけたのは君たちの学校だけじゃないからね。だから君たちにあげるんじゃなくて、捨てる。」
「それで和解したつもりか? なんで加害者側のお前らが勝手に条件だしてんだよ。」
「私はそれで十分にカストリアは謝罪の意を示していると思う。」
レオンを後押しするように浩然の意義に反論したのはオエナンサ代表のセシルだった。
浩然は部外者は口を出すなと言わんばかりにセシルを睨みつけるが、セシルにはそのくらいでは臆することはない。
「その虫はアストイア国には生息していないのだろう? ならば、カストリアだけでなく、他3校が仕掛けた可能性もある。その疑惑が残っている以上、カストリアの誠意は今ので妥当に思える。」
セシルがそう断言すればオエナンサの選手たちはセシルに賛同するように頷き、これ以上はやめろという目で浩然を見ていた。
その視線から背けるように浩然が周りを見渡すと、鬼騎の選手たちが居心地が悪そうに下に視線を落としていた。
唯一その中でまっすぐに自分を見ていた小焔は浩然から守ろうとルネッタを自分の背中に隠すように立っていて、その姿を見て浩然は鼻で笑う。
「……わかった、それで飲んでやるよ。どうせ獲得したスター2個じゃ次の試合は目に見えてるからな。」
「2個じゃないけど。」
突然話の渦中の外から声が聞こえたかと思うと、選手たちの間をすり抜けてきたのはカストリア選手の1人であるフィンだった。
フィンの周りにはピクシーが3匹飛んでいて、それぞれの手には赤いスターを持っていた。
それは鬼騎魔法学校のステージに建てたカラクリ城に隠した残りのスターだった。
「カラクリ城だっけ? 妖精の彼女たちなら簡単だったよ。仕掛けは人にしか反応しないみたいだったから。」
数人の鬼騎の選手から睨まれたフィンだったか、それを持ち前の上辺だけの笑顔を振りまいて軽やかにかわすと、ピクシーたちに持っているスターをレオンに渡すように指示した。
スターを受け取ったレオンはそれを握りしめ、改めて仲間たちを見た後、最後に浩然に強い意志を持って目を合わせた。
「たしかにこちらが持つスターの数はだいぶ減ったけど、問題ないよ。俺たちはこの数でも十分に戦えるからね。なぜなら俺たちの強さは数じゃなくて、仲間たちの意志の強さだからだ。」
レオンの言葉は仲間や鬼騎だけじゃなく、オエナンサにもグランナットにも向けられていた。
弱小だと思われていたカストリアの奮闘から、レオンの言葉は誇張でも比喩でもなく、確かな事実だと他校の代表たちは受け止める。
そして仲間たちには信頼できる力強いその言葉で、ルネッタに対する非難から注意を反らせ、されに指揮を高めた。
こうして波乱の対抗戦第一試合は幕を閉じた。
なんとか丸く収まった状況にルネッタは胸を撫でおろすと、脳裏には先ほどの不思議な男の姿が浮かんだ。
(あの男の人……生物学者だったんだ……。それに、劉・龍煌っていう名前……。)
それはルネッタが愛読している生物学の本の著書の名前だった。
今年の春に出版されたその本には今までの生物学の本で最も多くの生物について詳細に書かれていて、ルネッタの大切な宝物だった。
そんな本の著者にわずかな時間でも会えた事実に、ルネッタは胸は密かに高鳴っていた。
(また……会えないかな……)
しかしこの対抗戦で彼に会うことは叶わず、再びめぐり合うのはまだ先になる。
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