一緒に踊りませんか

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一緒に踊りませんか

対抗戦の最中、カストリア魔法学校以外の学校の生徒や教師は天文台・ポラリスが用意した競技場付近のホテルに宿泊する。 対抗戦の目的の1つに異文化交流という名目も含まれているため、対抗戦期間であれば、カストリア魔法学校の校内と競技場は空間移動(テレポート)・ゲートで繋がっていて、15歳から17歳の生徒と教師は自由に行き来ができるようになっている。 対抗戦第一試合が終了し、夜には交流会と称したダンスパーティーが開催される。 自由参加であるこのパーティーにはほとんどの生徒が出席し、加えて生徒や教師のほかに貴族・政財界・芸能界などに重鎮する大人も招待券をもらった者ならば参加することができる。 他国の権力者たちと交流できるパーティーには大人たちにとっても貴重な社交場でもあった。 そんな大人の事情などは子供である生徒たちは興味がなく、カストリア魔法学校の廊下はいつもよりも様々な制服姿の男女であふれていた。 華やかなドレスや正装に身を包み、男女ペアになって踊るダンスパーティーは恋仲にとっては最高のイベントであり、この機会に告白し、付き合いだす者も多い。 ダンスの相手も男子から女子を誘うのが暗黙のルールになっていて、いつ誘おうかとドギマギする男子の姿があれば、今か今かと誘いを心待ちにする女子も見受けられる。 人気がある生徒には選ばれたいがためにいつも以上に数人の異性がつきまとっていた。 教師であるオズワールはいつもの廊下に漂う慣れない雰囲気にため息をついた。 右を見ても左を見ても男子も女子もにやついた顔をしている。 すでにカップルになった者は人目に憚らずぴっとりと身を寄せ合っていた。 カップルの中には違う制服を着た者もいて、まさしく愛が国境を越えた者たちもいる。 彼らの幸福感が溢れる空気から避難するように、オズワールはふらふらとある部屋に入った。 「……なにか用ですか?」 オズワールが逃げるように入った部屋は呪術学の教師であるテレサ・ネスリーの自室だった。 ノックもせずに勝手に入ってきたオズワールをテレサはジトリと睨みつけ、今度は背筋が凍る。 「……す、すいません。とりあえず入ったらここだったというか……。」 「……。」 ブロンドの髪をハーフアップにまとめ、紅茶を淹れる手を止めたままテレサはオズワールを睨んだ。 色白で美人な顔立ちであるテレサに睨まれると、余計に心の芯が凍ったようにオズワールの体は冷えて動けなくなった。 「……俺、こーゆー雰囲気苦手なんすよね。みんな浮き足立ってるっていうか、のぼせてるっていうか。」 「だからってなぜここに? あなたにも自室があるでしょう。」 「いや、俺の自室いつの間にか生徒たちの溜まり場になってて……」 カストリア魔法学校に勤務する教師は皆自室が与えられる。 自室内は自由に使用でき、授業に必要な物はもちろん、各々の趣味で自室を装飾している者もいる。 天文台からルネッタの監視役として派遣されていたときから自室を持っていたオズワールは当時、学校に居座る気もなく、自室も必要最低限の物しか置いてなかった。 正式に教師として働き始めてからも、当時に比べれば物は増えたが、やはり他の教師の自室に比べて簡素な部屋だった。 そのせいか生徒たちの憩いの場として占領されていて、オズワールは自分の居場所を失くしていた。 「ったく、まだガキ……未成年のくせに恋愛だの、告白だの、生意気な……。」 「年頃というものですよ。とくに十代半ばとなると本当に成長が著しい。」 「それはまあ……そう思いますけど。」 オズワールの脳裏には自分の教えてきた生徒の顔が浮かぶ。 昨日できなかったことが、今日できるようになったり。 突然に大人びた考え方をするようになったり。 かと思えば、まだ子供らしい行動をしたり。 教師になって1年もたっていないが、数々の生徒がオズワールの前で一回りも二回りも大きくなっていった。 そんな生徒たちの姿を見る度に、はじめは面倒くさがっていた教師という仕事にオズワールはやりがいを見出していた。 ぼんやりとテレサの自室の窓から外を眺め、窓下に楽しそうにはしゃぐ生徒を見るオズワールに、テレサは淹れたばかりの紅茶を差し出した。 「……ありがとうございます。」 オズワールはおそるおそるティーカップを受け取った。 今のような迷惑をかけたときに淹れられた紅茶はいつも歯に染みるほどキンキンに冷たかった。 それでも自分に非があるとわかっているときはオズワールは黙って紅茶を飲んでいたが、今回の紅茶は驚くほど温かかった。 「……なんですか?」 「いえ、なんでも。」 「そうですか。でも、ちょうどよかった。」 「ちょうどいい?」 紅茶がおいしいことに逆に驚いてしまったオズワールを訝し気に見た後、テレサは空気を変えるように一口自分の紅茶を口にした。 テレサが紅茶を飲んで初めてオズワールにもふわりと紅茶の優しい香りが感じられた。 「オズワール先生は今夜のダンスパーティーどうしますか?」 「え……別に出ないつもりでしたけど。堅苦しいのはめんどうなんで。」 「正装は? 婚約者の方は出たいとは思われてないんですか?」 「正装は、一応ありますけど……でもあいつまだ踊れるほど回復してないんで。」 「でしたら、今夜は私のために出てくれませんか?」 「……は?」 「私のエスコートをお願いできますか?」 にっこりと微笑むテレサ。 あまり表情を変えないテレサのこれほどまでに穏やかな笑顔を、オズワールは初めて見た。 その、ゆりの花が似合いそうな微笑みにオズワールは無意識に承諾をしてしまっていた。
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