一緒に踊りませんか

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「あれ、小焔(シャオエン)なんでここにいるの?」 「……いるところがないからここにいるんだよ。」 オズワールと同様、鬼騎(グイチー)魔法学校の選手でありカストリア魔法学校の留学生でもある小焔も居場所がなかった。 学校の廊下で出くわした友人のどんよりとした表情に、状況を察したフィンはからかうように笑う。 2人で廊下の壁に体を寄っかからせて並んで話をしていた。 「たしかに初めて向こうの国の人と話したけど、あれは小焔とは合わないよね。」 「……まあ、学校の教育方針がああなだけで、国民全員が同じ思想をもっているわけじゃないけどな。」 「逆にどうして小焔はあんな感じじゃないわけ?」 「俺の実家は旅芸人なんだよ。旭陽(シィーヤン)国中を旅して回ってる。」 小焔の説明を聞いてフィンが「旅芸人?」の首を傾げると、小焔はわかりやすく「サーカスみたいなもの」と要約した。 「役者の中には俺たちみたいな、いわゆる普通の見た目の奴だけじゃなくて、肌の色が違ったりとか、体のどこかが違ったりとか、そんな奴らもいた。そういう奴らは……俺の国じゃ除け者にされることが多い。」 小焔は懐かしみながらも慎重に言葉を選んでいるようにフィンは感じた。 たとえ小焔の今の会話が家族たちに聞こえなくても、彼らを傷つけないように小焔なりの配慮をしているようだった。 「でも俺の父親と母親はそういう奴らも実力があれば仲間として受け入れる。俺が生まれる前から役者たちとは家族同然で一緒に住んでたから、それが俺と他の奴らの違いの原因だな、多分。」 「……いい家族だね。」 「うん……まあ。」 フィンが上辺ではなく本心からそう言うと、小焔の照れくさそうに少し顔を赤らめ、自分の頭をガシガシと書いた。 そんな小焔の姿を周囲のカストリアの生徒たちがジロジロと見ている。 鬼騎魔法学校指定の運動着を着たままだった小焔は、そこにいるだけで目立っていた。 「その恰好でここにいると目立つね。」 「ははっ、慣れたよ、もう。」 軽く笑い飛ばす小焔を見てフィンは少し黙ったあと、空気を変えるようにパッと表情を明るくした。 「ねえ、小焔は今夜のパーティーどうするの?」 「一応出るつもりだ。実家から正装送られちゃったから。言ってないのに、どっかから家族に嗅ぎつけられて。」 「誰と踊るの? あの鬼騎の選手だった女の子?」 「はあ? 春梅(チュンメイ)のことか? あいつはただの幼馴染ってだけで、踊ろうとは思わねーよ。」 「でもあきらかに小焔のこと好きでしょ、彼女。」 「それは……。」 小焔は言葉を詰まらせた。 春梅が小焔に好意を抱いているということは、春梅の態度から嫌というほど伝わっていた。 しかし小焔にとってそのアプローチは苦手で、今ここにいるのも春梅から逃げてきたところもある。 「じゃあやっぱり1人しかいないか。」 「な、なんだよ。」 「ルネッタ誘えばいいのに。」 「そ、それは、あとで……」 「そんなこと言って知らないよ? ルネッタ狙ってる人は意外といるんだから。」 「は!?」 「見た目が変わって魅力が出たっていうのかな。ほら、月の魔女本人だってすっごい美人でしょ。今のルネッタ、月の魔女に似てるし。」 ルネッタの話題をだした途端、あからさまに動揺する小焔にフィンはニマニマと口角が上がってしまう。 フィンの口車に乗せられ、いじりがいがある小焔をフィンはさらに楽しそうに追い詰める。 「噂によると、ルネッタに告白した人もいるみたいだよ。」 「こ……!? ル、ルネッタは、なんて返事したんだ?」 「お・し・え・な・い。」 ぱくぱくと餌を求める魚のように口を動かす小焔。 その顔を見てついにフィンは吹きだしてしまい、大声で笑いだした。 「コノヤロ……お前はどうなんだよ! お前だって相手……」 「ん? 僕?」 フィンはにっこりと笑って体を少し傾けた。 傾けた体の先には数人の女子生徒が距離を置いてフィンに熱視線を送っている。 その中にはカストリアの生徒だけでなく、他校の生徒たちも紛れている。 ノアに劣らないほどモテるフィンは、一時期は周りから距離を置かれていたが、今やその人気は戻りつつあった。 なにも言わずとも相手には困っていないと伝えてくるフィンに、小焔はそれ以上言葉がでてこない。 フィンは体勢を戻すと、黙ってしまった小焔に今度はクスクスと静かに笑った。 「でも、僕からしたら小焔が少し羨ましいよ。本気で好きな子がいるなんて。」 「な、なんだよ急に……。」 「僕らには少し難しいところもあるから。」 そうぽそりと言うフィンにどういうことか聞こうとすると、2人の前に1人少女が女子生徒の群れを割って現れた。 カストリアの制服や他校の制服を着ていない彼女は、白いワンピースと白い帽子を深く被っている。 彼女は小焔を一切見ず、フィンだけをまっすぐに見つめてくる。 そして両手で自分のスカートを摘まみ上げ、少しだけフィンに対して頭を下げた。 「初めまして、フィン・クラレンス様。私はシルキー・ロレイスと申します。」 無表情に淡々と挨拶をする彼女。 上品に挨拶する姿が様になっていて、どこかの令嬢だと態度で表現していた。 小柄で色白の彼女は、触れれば折れてしまうのではないかと思うほど華奢だった。 フィンに誘ってもらおうと遠くからフィンを見ていた女子生徒たちは、シルキーに抜け駆けされたようで、小さくヤジを飛ばしている。 「……フィン、知り合いか?」 「ロレイス……。ああ……。」 シルキーの名前よりもセカンドネームにピンときた様子のフィンはわずかに目を開き、シルキーの肩を優しく抱いた。 その慣れた所作に小焔は思わず感嘆するも、その手つきはどこか他人行儀であり、シルキーも初対面の男に肩を抱かれているのに表情一つ変わらなかった。 「小焔ごめん、ちょっと彼女と話があるから。またあとでね。」 「あ、ああ……。」 シルキーの肩を抱いたままひらひらと手を振るフィンの表情は、よくする上辺だけの笑みだと小焔は思った。
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