一緒に踊りませんか

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カストリア魔法学校の中庭で、周囲の視線を一斉に集める1人の生徒がいた。 オエナンサ魔法学校代表、セシル・ソルエージュ。 セシルは試合中束ねていた長い髪をおろし、腰まである白銀の髪を風でさらさらとなびかせていた。 中庭にあるベンチに姿勢よく座り、手に持つ本をめくる彼女の所作1つ1つに気品があふれ、まるで一輪の華がそこに強く潔く咲き誇っているようだった。 そんなセシルが自分の髪を耳にかけたり、ちらりと目線を向けられるだけで周囲の男女問わず皆の胸を高揚とさせた。 さらにダンスパーティーの相手に誘おうとする男子生徒が複数いたが、セシルのちょっとした所作の美しさに胸を撃ち抜かれ、いまだに声すらかけられないでいる。 そんな彼らに視線を向けたセシルは表情を明るくし、柔らかく微笑んだ。 そしてセシルは立ち上がり彼らに向かって歩いてきた。 まさか自分たちの中で誰かがダンスパーティーに誘われるのではないかと思った彼らは、俺だ俺だと他人を押しのけながら前に出ようとする。 しかしセシルはそんな彼らの横を通り抜け、後ろにいた同じ白銀の少女もとに駆け寄る。 「そんなところで何をしているの? 待ってたよ。」 「すみません……遅くなりました。学校まで来てもらっていたのに……。」 「アストイア国の言葉は私もわかる。そして君も来たんだな、レオンハルト・シュタット。」 「ルネッタが俺にもついてきてほしいって言ったから。」 男子生徒たちの後ろで、こじんまりとしていたのはルネッタとその横に立つレオンだった。 ルネッタはセシルに話しかけられると、ぺこりと頭を下げる。 セシルと待ち合わせをしていたルネッタは、本当は随分前から中庭にはいたのだが、周りの人と同様にセシルのたたずまいに見惚れていたのと、一斉に集まる視線の中に飛び込む勇気ができなかった。 ねえ、あの子……。 セシルがルネッタに話しかけた瞬間、こそこそとどこからか言葉が聞こえる。それはセシルに向けられたものではなく、ルネッタに向けられたものだとセシルがわかると、周囲を一瞥したあと、再びルネッタに笑いかけた。 「……場所変えよう。」 *** ルネッタが人気がない場所で思い立ったのはカストリア魔法学校の裏庭だった。 シナシティの森に生息する動物を保護し、育成しているこの場所では普通の生徒は気味悪がって近づかない。 普段、動物の世話をしているルネッタの周りには自然と動物たちが集まったが、他の生徒と同じようにセシルが動物が苦手だったらどうしようと連れてきたあとに思い立った。 「すみません、ここでは嫌ですよね?」 「そんなことはない。私も動物は好きだよ。」 ルネッタの傍を飛び回っていた小鳥にセシルは人差し指を差し出すと、小鳥がセシルの指に乗った。 自分の指に乗った小鳥を見て微笑むセシルの横顔を見て、本心なのだとわかったルネッタは胸を撫でおろし、一方レオンは思わず見つめていた。 「……私に何か?」 「い、いや……。」 見つめてくるレオンにセシルが訊ねると、レオンはパッと視線を反らす。 「私の方こそ申し訳ない、私と一緒にいたら目立つよね。」 「いえ、あれは……セシルさんのせいじゃないです。」 ルネッタを気遣い、あきらかにルネッタに向けての言葉を自分のせいだと言ったセシルにルネッタは首を振った。 ルネッタの反応を見て、先ほどの声が初めてのことではないとセシルは悟る。 「前からあんな感じだったの?」 「私、もとは髪と瞳が別の色だったんですけど、月のカケラの影響で変わってしまって。周りを驚かせてしまったみたいなんです。」 「……そうか。」 セシルは黙ったままレオンの顔を見ると、レオンは困ったようにセシルに笑いかけた。 周囲のあの反応はそれだけではないとセシルは気が付いていたが、レオンの反応を見てセシルはそれ以上踏み込まなかった。 第一試合でルネッタが悪目立ちしたこともあり、それが影響しているのではと自分の胸の中で納得をさせる。 「実は、マリアの兄にあたるルーカスお祖父様にマリアのことを聞いてみたんだ。私自身マリアのことはあまり知らなかったから。だけど、お祖父様は何も話したがらなかった。」 「……え?」 「孫がいたことには大変驚かれていたけれど、今は話すことはないと……。お祖父様だけじゃない。マリアの姉であるアメリア叔母様にも電報を送ってみたけれど、叔母様にいたっては返事すらくれなかった。マリアのことはお祖父様の息子である私の父も詳しいことは知らず、マリアのことを知っている使用人もいなかった。お祖父様と叔母様が口を閉ざしてしまっては他にわかる人はいない。」 「……そうなんですね。」 「すまない、ルネッタにとっては大切なことなのに、家族の協力を得られなくて。」 セシルは深々とルネッタに頭を下げた。 オエナンサ魔法学校の代表にも選ばれるような人に頭を下げられ、ルネッタは必死に首を横に振る。 「い、いえ、仕方ないですよ。孫がいるって聞いて驚いたんだと……。」 「仕方がないわけないじゃないか。これは私たち一族のことでもあるのに、恥ずべきことだ。」 顔を上げたセシルの顔は眉間に皺を寄せ、悔やんでいるような表情だった。 ソルエージュという名家に対して誰よりも責任感を持つセシルは、家族の非礼な行いに静かに腹を立てていた。 いつも美しい顔でなんでもこなすセシルの意外な一面を見たルネッタは動揺で何も言えなくなってしまうと、助け舟をだすようにレオンが口を開いた。 「マリア・ソルエージュには姉もいたんだね。ルネッタは知ってた?」 「い、いえ……お兄さんがいたことも今日初めて知りましたけど、お姉さんもいるとは思いませんでした。」 「……マリアには兄のルーカスとその次に姉のアメリアがいる。2人は年子だが、アメリアとマリアは15も年が離れている。」 「そんなに……?」 「マリアは後妻の子供だ。お祖父様たちの母親が亡くなったあと、ソルエージュ家に迎えられた妻シャーロット様の子供。今ではシャーロット様もマリアの父であるオスカー様も亡くなられている。」 「マリアはあまり自分のことを話したがらなくて……私に呪いの魔法を教えてくれる先生が言っていたんですが、あまり家族と仲が良くなかったって。それが原因なんでしょうか。」 「おそらくは……マリアはソルエージュ家でも群を抜いて魔法の才能があった。後妻の娘であることも手伝って、マリアは一族で孤立していたとは聞いている。」 「これも、その先生が言っていたんですけれど……マリアは歴史上の人物のような大昔の人ではなくて、比較的最近の人だったって。なのにマリアのことについてあまり記録が残っていないのは、誰かが意図的に隠しているのではと言ってました。」 「それって……。」 そうレオンが言いかけて、レオンは言葉を口に出すことを止めた。 話の流れからおそらくマリアのことを語りたがらない人物は誰だか明白だった。 しかしそれを口にだしてしまったら、セシルにどんな思いをさせてしまうかレオンには想像がついた。 今、初めて、セシルの弱さを知ったレオンには。 しかしレオンの言いたいことがわかってしまったセシルは拳を固く握り、唇を噛んでいた。 「……もう少し時間をくれないか。お祖父様に話しを聞けないかやってみるから。」 「……ありがとうございます。」 また雲行きが怪しい表情に戻ってしまったセシルに困惑するルネッタだが、今度はルネッタから空気を変えるように明るく話題を振った。 「お二人は、ダンスパーティーどうするんですか? 一緒に踊らないんですか?」 「え? 俺たち?」 まさかそんな話をこのタイミングでされるとは思わず、レオンが目を丸くする。 「えっと……。」 そしてレオンとセシルお互いに向き合うと、目線が交わる度に気まずそうに瞳が揺れ、顔を赤らめる。 そばで見ていたルネッタにも2人の気持ちが伝染したように顔が赤くなり、違う話にすればよかったと少し後悔した。 「こ、こんな素敵な女性と踊れたら幸せだけれど、俺たちには婚約者がいるから、それは、どうかな……。」 「レオンは、多くの女性から好意を抱かれていると聞いている。私よりも素敵な女性は他にいるはずだ。」 「そ、そんなことはないよ、君は誰よりも魅力的だから……。」 お互いに何度も目配せをし、顔を赤らめながら言い合う2人をルネッタは交互に見る。 美男美女であり代表にまで選ばれる優秀な2人が、今自分の目の前でらしくなく慌てふためいている。 先ほどまで余計なことを言ったと後悔していたルネッタだったが、案外そうでもないと思いなおしてきていた。 「ルネッタ、笑わないでよ。」 「私たちを茶化さないでくれないか。」 2人を見ていたルネッタは思わず顔が綻んでしまい、そんなルネッタをレオンとセシルが恥ずかしがりながら言った。 笑い合う3人を見ていた誰かが、ルネッタの胸の奥でふんわりと温もりを感じていた。
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