8人が本棚に入れています
本棚に追加
対抗戦の会場でもあるアストイア国の競技場。
明かりがなくわずかにしか光が届かない暗い場所でグランナット魔法学校代表であるビクター・バックマンは床にしゃがみ込み蹲っていた。
第一試合で鬼騎より3個、オエナンサより4個、さらに自分たちのスターを3個死守できたグランナットは第二試合で8人の選手を出場することができ、鬼騎と同数ではあるが最も多く、成績は好調だった。
だが今のビクターの姿は決して勝者の余裕など感じさせるものではなかった。
むしろ、体を震わし冷や汗をかきブツブツと何かをしきりに呟いている。
浩然により呪縛をかけられた右腕はだらりと力なく垂らしたまま、他の手足で大きな体を守るように縮こませていた。
「あれ……何してんの、君?」
誰かがビクターの前に止まり、蹲るビクターに声をかける。
下しか見ていなかったビクターはその人物の足元を見て、学生用の靴ではないことに小さく息を吐いた。
こんな情けない姿を同じ学校の者にはもちろん、他校の生徒にも見られたくはなかった。
ビクターが顔を上げるとそこには褐色の肌に白髪を持つ少年が微笑んでいた。
しかしよく見ると彼は自分よりも大人のようで、少年と言えるような年齢ではないとビクターはすぐに思い直したが、笑った顔があまりにも無邪気で、少年と言っても通用してしまうような人だった。
さらに会場内ではどんな言葉を話してもすべて通訳されて聞こえてしまうため、彼の見た目からも言葉からもどこの国の人かビクターには判断がつかなかった。
(制服を着ていない、教師でも……なさそうだな。一般人ならアストイア国の人か……?)
うまく判別がつかない目の前の人物をビクターが訝し気に見ていると、彼はにこりと笑ってビクターの隣にすとんと座った。
「どうしたどうした? 何をそんなに追い詰めてるの?」
「……何を言っている、俺は何ともない。俺たちは勝っているのだから。」
「なるほどね、君は負けることが怖いんだね。」
ビクターの胸の奥がドキリと高鳴った。
まるで心臓を掴まれたような胸の痛みに動揺していると、その表情を見た彼が「あ。」と小さく呟いた。
「ああ、君、グランナットのすごい子だっけ。負けると家族が死んじゃうんだね。」
「な、なんで、それを……」
「大丈夫、君は負けないよ。これ、あげるから。」
ビクターの言葉を無視して一方的に彼が差し出したのは、1枚の紙きれだった。
長方形の紙には縦書きで何か書かれているが、ビクターには読むことができない。
「これを持っていれば君は負けない。あそこを見てごらん。」
彼が指を差したのは、唯一光が漏れる壁の穴。
小さな小さな穴の光の奥を見るようにビクターに腕をまっすぐ伸ばしてビクターの視線を促す。
「君の勝利を喜んでくれる人たちが笑ってくれるだろう? 楽しみだね。」
その白んだ光の先に、ビクターの家族が見えた。
女手一つで育ててくれた母と幼い弟妹たち。
みんなが笑って、ビクターを祝福してくれていた。
壁の穴から目を反らすことなく、眩しさでチカチカと目を光らせるビクターの横顔を見た後、男は自分の胸元をごそごそと探り、ビクターに渡した同じ紙きれを何十枚も差し出した。
「これたくさんあるから、お友達にも分けておやり。君の力になってくれるよ。」
ビクターは壁の穴からゆっくり視線を反らし、男の顔を見る。
そして差し出された紙きれを両手で握った。
「でもそれができなかったら、君の家族は死んじゃうかもね。」
男はビクターが握っていた手を振り払うと、その場で腕を高く振りかざし、紙きれをバラまいた。
バラバラと舞う紙きれの隙間から変わらない男の笑顔が垣間見え、やがてビクターは舞い落ちる紙きれしか見えなくなる。
地面に這いつくばり、必死に紙きれを集めるビクターを見た男は立ち上がり、そして高らかに笑いながらその場を去っていった。
***
カストリア魔法学校の裏庭で笑い合う3人を見て、小焔は目を瞬かせた。
3人の雰囲気はとても穏やかで、微笑ましい光景ではあったが、自分がよく知るルネッタのそばには代表であるレオンとセシルがいて小焔は驚いた。
ルネッタに会いに裏庭まで来た小焔だったが、3人だけの和やかな世界に入れないでいると、ルネッタが小焔に気が付き手を振ってくれた。
「……えっ親戚!? ルネッタの!?」
ルネッタからレオンとセシルの関係を聞いた小焔は、3人が一緒にいるわけがわかったと同時に、その事実にさらに驚いて口をあんぐりとさせる。
呆然とする小焔の手をとり、握手のように握ってきたレオンが小焔に微笑んだ。
「はじめまして小焔。俺は7年生のレオンハルト・シュタットだ。君をはじめ選手に選んだんだけど、一緒に戦えなくて残念だよ。」
「私も試合を観たが、あの身のこなしは素晴らしい。次の試合もでるなら、是非とも一戦願いたいものだな。」
「……どうも。」
(うっわ、美男美女……。)
正直に賞賛してくる2人の言葉よりもレオンとセシルの整いすぎた顔の造形に見惚れて、小焔の頭に言葉が入ってこない。
「小焔、ドラゴンのスターをとってくれてありがとう。小焔ならドラゴンのことわかってくれると思ってたわ。」
「いや、俺よりもニーナの方がドラゴンに……」
ふと小焔が自分の手を見ると、その手をルネッタが握っていた。
ルネッタは感謝を伝えるつもりで握っていたのだが、レオンとセシルに気を取られていた小焔は握られていたことに気が付かなかった。
自分の手に伝わるルネッタの温度を自覚した途端、小焔は慌ててルネッタの手を振り払った。
今までも何度もあったその行為にルネッタは未だに理由がわからず首を傾げ、小焔は顔を赤らめて目を背けるしかない。
その表情を見たレオンとセシルは試合中のノアとのやりとりを思い出し、小焔が抱くルネッタへの想いを悟る。
「小焔は、ダンスパーティーの相手決まった?」
「は!?」
ルネッタの前でなんて話題をだしてくれるんだと小焔はレオンの顔見た。
レオンは小焔が言いたいことを全部わかった上で、あえて気が付かないふりをする。
「誘いたい子は早く誘ったほうがいいよ。」
「……っ」
にこにこと笑いながらレオンはルネッタをチラリと見た。
小焔がルネッタを探しにきたのはダンスの相手に誘うためではあったが、いざ誘うとなると言葉に詰まる。
顔の温度が上がり、耳まで熱くなっているのを小焔でもわかっていた。
「る、ねった……。」
「うん?」
「おれと……」
顔と首が沸騰するように熱いのに、緊張で手足の先が異常に冷たかった。
心臓がバクバクと音をたてうるさかったが、小焔はとにかく声に出すことだけを考えた。
目の前で繰り広げられる初々しい愛の誘いに、レオンとセシルはハラハラと胸を躍らせる。
「おれと、ダンス、踊ってく、れ……ないか……?」
言えた。
小焔の頭には自分が言えたことしかなかった。
そしてそっとルネッタの顔を伺う。
「あ……」
戸惑いながら目線が下がる瞳。
言い辛そうにルネッタの唇が震えているのを見て、小焔は自分の顔が冷えていくのを感じた。
「ごめん……パーティーには、でれない……。」
今度は血が通ってないのかと思うくらい小焔は自分の体が急激に冷えていくのを感じた。
断られたショックを隠すように小焔はとにかく何か言わないと慌てて口を動かす。
「他のやつとでるのか……?」
「え……」
「けっこう誘われてるんだろ? 告白するやつもいるって聞いたけど、その中の誰かとでるんだな。」
「あのね、小焔……。」
ルネッタが誰と踊るのか知りたくない小焔は、ルネッタの話も聞かず、小焔のなかでどんどん話が進行していく。
小焔からでる言葉がどれほど一方的で、ルネッタのことを考える余裕がない小焔は、つい感情的で捲し立てる言い方になってしまう。
「小焔……。」
レオンがこれ以上ルネッタも小焔も傷つかないように2人の間に入ったことで、自分が今正常に頭が働いていないと気づく。
「……邪魔して悪かったな。」
小焔はなんとかルネッタに笑って見せて、その場から逃げるように走った。
ルネッタの顔を、小焔はまともに見ることができなかった。
最初のコメントを投稿しよう!