魅惑のダンスパーティー

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魅惑のダンスパーティー

煌めく無数のシャンデリア、磨き抜かれた装飾品。 会場を彩る豪華な食事と、プロの音楽隊による生演奏。 そして何より、いつもより美しいドレスコードに身を包んだ生徒たち。 すっかり日も落ち月が空に浮かぶ頃、対抗戦の会場になっていた競技場は昼間の第一試合のステージと同じ場所とは思えないほど、華やかで煌びやかな場所に変わっていた。 まだ始まったばかりのダンスパーティーでは、最初の一曲目は男女1組になって踊る。 そのあとはパーティーが続く限り誰と踊ろうと、また別の異性と踊ろうと自由ではあるが、やはり最初の一曲目の相手というのは特別だった。 参加者はダンスパーティーが始まる前に踊る約束をした相手と手をとり、華麗に会場を舞う。 複数の男女が会場で踊るなか、やはり一際目を惹かれる者がいた。 セシル・ソルエージュ。 普段身に付けている騎士のような制服とは真逆な、海のようなエメラルドの柔らかいドレスを身に纏う彼女の姿に会場の誰もが目を奪われた。 そんなセシルのダンスの相手をする婚約者のクパードは鼻高々に口角をあげる。 まるで自分が羨望の眼差しを向けられていると思い込んでいるクパードを、セシルはダンスを相手をしながらも視界に入れないようにしていた。 そんなセシルの視界にチラチラと入り込むのは、少し離れた距離でメリウスと踊るレオンの姿だった。 10代とは思えないほどパーティー用のタキシードを着こなし、普段よりも栗毛の髪をピッチリとセットしていた。 完璧なステップやターンをする度、セシルの視界にはレオンが映る。 そして時々、バチリとお互いに目が合った。 すぐに目をそらすのだが、まるで吸い込まれるようにまたその瞳を追ってしまう。 それはレオンも同じだった。 一曲目が終わり曲が止まると同時に生徒たちも足を止め、辺りから拍手が送られた。 鳴り止まない拍手のなか、まだ踊ってない人たちと交代をするために、男性が女性をエスコートしながら脇へと退場していき、代わりに待っていたペアが会場中央へ集まる。 「驚いたよ、すごくダンスが上手くなったね。練習したのかい?」 「……やめてください。」 レオンがエスコートをしようとメリウスに手を差しのべたが、メリウスはその手を取ろうとしなかった。 かわりに顔を上げたメリウスは、目に涙を浮かべ怒りで顔を真っ赤にしている。 「気づいてないと思っているのですか? 私を見ようとはせず、誰を見ていらっしゃるのですか。」 そう言い残したメリウスはくるりとレオンに背を向け、レオンの手を取ることなく、人混みへと消えていった。 残されたレオンは何も言うことができず、拍手だけが異常に頭に響いた。 *** 「あーあ……。」 誰も気が付かない波乱なダンスパーティーを、唯一見抜いた者がいた。 上質なタキシードを身を包み、ダンス風景を2階の見晴らしのいい場所から見ていたフィンは、たった1回のダンスの様子ですべての関係性を見抜いていた。 泣きそうに会場をステージを降りたメリウスは誤魔化すように無理やり笑い、将来有望な男性をダンスの相手にしようと探し始め、その姿をぼんやりと立ったままレオンは見ていた。 さらに視線を動かすとレオンの姿をちらちらと見るセシルと、そんなセシルに気が付かないクパード。 見事にすれ違い交差し合う視線にフィンはため息をつき、かといって自分から何とかしてあげようという想いは一切なかった。 フィンの中では「仕方ないよね」という一言ですべてが片付いた。 「申し訳ありません、遅れました。」 パタパタと駆け寄るのは水色の柔らかいシフォンのドレスを着たシルキーだった。 挨拶のときには無表情のまま一切動かなかった顔が、今では少し焦っている様子にフィンはわずかに目を見開く。 (……こんな表情するんだ。はじめ会ったときは表情がなくて人形かと思った。) フィンの傍まで来たシルキーがゆっくりと息を整えていると、背の低いシルキーをフィンは頭から見下ろす形になった。 シルキーは白いバラのカチューシャをしていて、バラが耳まで覆うほどふんだんに頭に装飾されている。 「……なにか?」 「ああ……その髪飾りすごいなって思って。バラをたくさん使ってるね、好きなの?」 「いえ、これは……。」 わずかに表情を曇らせたあと、シルキーは何も言わなくなった。 何か答えが返ってくるのかと思っていたフィンは徐々にもとの無表情に戻っていくシルキーを見て、これ以上会話はないと判断する。 「……どうする? 僕たちも一曲踊る?」 「……クラレンス様がお望みならば。」 「僕は面倒だから、できれば踊りたくないんだよね。」 「でしたら私も従います。」 「……。」 淡々と受け答えするシルキーは、フィンの周りに集まる女性たちとは明らかに違った。 その態度の理由をある程度推測できていたフィンは小さくため息をついた。 「僕のことはあまり好きじゃないよね、シルキー・ロレンス。」 シルキーが顔をあげる。 初めてお互いに目を合わせた。 「君はカリヤ様に言われて僕のもとへ来たんだろう?」 ロレンスとはハニエル王国である程度力を持つ貴族の名前だった。 シルキーのセカンドネームを聞いた途端、フィンはカリヤ・クラレンスという1人の女性の姿を思い浮かべた。 フィンの父親バーハント・クラレンスはかつて天文台・ポラリスで国交省局長を勤めていた。 しかし彼は立場と権力を利用し、裏でオークションを開き、独自で人身売買や密猟を斡旋していた。 バーハントは警察に追われる身となるが、雲隠れし今でも行方知らずとなっている。 名誉あるクラレンス家に泥を塗った人の息子であるフィンを、一族は助けようとはしなかったが、唯一手を差し伸べてくれたのがバーハントの従兄弟にあたるレバンネ・クラレンスだった。 レバンネはフィンの兄であるエディ・クラレンスと仲が良く、エディがとりもってくれたおかげで、フィンが成人するまでの金銭面と衣食住の支援をしてくれるようになった。 寡黙であまり話さないレバンネをフィンは苦手としているが、厄介者の自分を助けてくれることには感謝をしていた。 しかし、フィンのことを快く思っていないのがレバンネの妻であるカリヤだった。 カリヤはフィンを邪魔者として毛嫌うが、虐待ともとれるバーハントの教育に耐えていたフィンにとってはなんともなかった。 しかし、最近になってカリヤから執拗にお見合いや結婚を急かすような連絡がくるようになった。 邪魔者であってもクラレンスの血をひいたフィンをどこかの名家と結婚させて、クラレンス家を建て直そうとしている魂胆がありありとわかった。 そして、その白羽の矢が立ったのがロレンス家の娘であるシルキーだった。 カリヤはダンスパーティーがある対抗戦にシルキーを向かわせ無理やりにでも付き合わそうとしている。 そこには、当人たちの意志など微塵もなかった。 「僕と一緒にダンスパーティーには参加したんだ、十分に建前はできたし、必要なら僕と踊ったことにしてあげる。誰かほかに踊りたい人がいるんじゃない?」 「クラレンス様がお望みならば。」 「……君は、」 カリヤの傲慢に無理やり付き合わされ投げやりになっているのかとフィンは思っていたが、変わらず意志を持たないような返答にフィンは違和感を覚えた。 違和感を拭おうために何か聞こうとした瞬間、2人の女性が嫌な笑みを浮かべながら不自然に歩いてくるのが視界に入った。 彼女たちはノンアルコールのワインを持ち、ゆっくりとシルキーの背後に近づいてくる。 「……わっ」 女性の1人のワイングラスが傾いた瞬間、フィンは咄嗟にシルキーの手を引き、自分のほうに抱き寄せた。 小柄なシルキーは長身のフィンの胸の中にすっぽりと収まり、シルキーを守るように彼女の後頭部をフィンの手が優しく添えられた。 シルキーの足元には女性がこぼしたワインが床に広がっていく。 フィンに近づくシルキーを面白くないと思った彼女たちが、わざとやったことだと見抜いたフィンは上辺だけの笑顔作り、女性たち笑いかけた。 「……なにかな?」 「ええっと……え……。」 「ねえ、この子……。」 笑顔とは裏腹に威圧的に話すフィンに彼女たちは一瞬戸惑うも、その動揺はすぐに別のもとへと向けられた。 フィンは彼女たちの視線を辿ると、自分の体に収まるシルキーの髪がフィンが触れたことで乱れ、カチューシャのバラがいくつかとれてしまっていた。 零れていくバラから現れたのが、人とは違う、尖った耳だった。 「その耳……。」 くすくすと笑う声をシルキーの耳はしっかりと捕え、特徴的な自分の耳をシルキーは手で隠した。 俯いてしまったシルキーだったが、彼女たちの嫌味な笑い声を耐えるように唇を噛んでいたのがフィンには見えた。 「……行こう。」 フィンはシルキーの手をとり、この場から離れるように促した。 行ってしまうフィンを止めようと女性の1人が手を伸ばそうとしたが、フィンに視線を送られ、その手はピタリと止まる。 フィンの表情は上辺ですらも笑ってはいなかった。
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