冷たい人

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目を覚ました私が最初に目にしたのは、泣きそうな顔で私を見つめる妻、そして普段と何ら変わらぬ冨澤の顔だった。 そこは、病院のベッドのようだった。 私が目を覚ましたのを見、号泣する妻。 看護師が、そんな妻を別室へと連れて行った。 すぐに医師がやって来て、私の問診を行う。 足に包帯が巻かれていること以外、何も変わりはなかった。 私の状態を一頻り確認した後、医師は引き上げていった。 部屋に残されたのはベッドに横たわる私、そして冨澤だった。 冨澤はベッドの脇の折りたたみ椅子に腰を下ろす。 そして、私に向かって語りかける。 「訳が分からないでしょう、色々と。」 その声色は、普段のものと全く変わりはなかった。 諦念を感じさせるような、無個性な声色だった。 改めて冨澤を見遣っても、至って普通だ。 爆発の直後、彼は確かにその手足を失っていたのに。 そして、その時に私が見た彼の顔は・・・ 狐につままれたような表情で、何と言ったら良いか分からずに口籠もる私に、冨澤は淡々と語り掛けてきた。 最新の技術について解説するような、どの保険がお勧めか語るような、まるで他人事のような口ぶりで。 「私は、昔から災難に遭いやすい体質でした。  自分の家以外の場所に泊まった時、かなりの確率で様々な災いに見舞われるんです。  小さい頃、祖父母の家に泊まった時は、もう毎回のように怪我をしていました。  落ちてきた照明が頭を直撃したり、タンスが倒れてきて下敷きになったり、  あるいはムカデなどに噛まれたり。」 「年齢を重ねれば重ねるほど、その災いの度合いはエスカレートしていきました。  高校生の修学旅行の時は大変でした。泊まっていた部屋に、隣のビルでの解体作業に従事していたクレーン車が横転して突っ込んできたんです。その時は何カ所も骨折してしまい、約三ヶ月の入院を余儀なくされました。」 「ただ、不思議なことに、どんな災いが起きても、私以外の人は一切、怪我をしないんです。高校の修学旅行の時にしても、その時、部屋に居たのは私だけだったので、同級生は誰一人、怪我をしませんでした。」 「けれども、災いはエスカレートするばかりでした。爆発が起きたり、車や飛行機が突っ込んできたり、建物自体が崩壊したり。一度など、隕石が落ちてきたことすらありました。もう、本当に呪われているんですよ。」 「その都度、私は大怪我を負いました。でも、不思議と命に差し障りのある怪我を負うことはなかったんです。長くても三ヶ月程度の入院で済まされる感じです。」 「ただ・・・災いの度に、体の色んな部分を失っていきました。右足を失い、左手を切断し、耳を削がれ、体中をやけどし、そして失明もし、といった具合に。」 「その度ごとに、私の体は段々と機械のものへと置き換わっていきました。徐々に生身の体を失いつつある私は、人体の様々な機能を機械へと置き換えようと研究している会社、あるいは研究者達にとって、格好の実験体でした。また、頻繁に災いにあって機械の体のあちこちを交換せざるを得なかったから、その都度、最新技術を応用したものが適用されていきました。」 「そうこうしているうちに、私の生身の肉体は段々と失われていきました。現在、私の生身の肉体として残っているのは、もう、脳みそくらいなものですね。」 そして、冨澤は彼の頭を指で弾く。 カンカンという、乾いた金属音が私の病室に鳴り響く。 爆発の後、私が抱き起こした時の冨澤の顔、それは、まるで銀色の髑髏のようだった。 黒く焼き焦げた繊維が疎らに付着した銀色の髑髏が、赤く光る目を明滅させながら、その下顎を上下させつつ私に向かって語り掛けてきたのだ。 「部長、大丈夫ですから安心して下さい。」と。 その時の情景が脳裏を過ぎり、思わず叫び出しそうになった私の口を、ヒンヤリとしたその掌で抑えた冨澤は言葉を続ける。 「昨夜の部長のお宅での爆発、それは客間の随分下に埋まっていた戦時中の不発弾が爆発したことが原因だったようです。爆発の直接の影響を受けたのは客間だけで、部長も奥様もお怪我が無かったのは本当に何よりでした。ただ、爆発の影響は、家全体に及んでいるようです。あの様子だと、ご自宅は全壊と判定されるでしょうね。火災保険に入っておられたとのことでしたので、補償金は満額出るでしょう。ご夫婦二人が住まわれるのに手頃な大きさの家に建て替えるか、あるいはこれを機にマンションにお引っ越しされるか、ということになるかと思います。」 普段の雑談と変わらぬ口調の冨澤の様子に呆気に取られた私は、彼に尋ねる。 「君の体は大丈夫なのか?」 冨澤は淡々と答える。 「ええ、問題ありません。あの爆発の直後に、いつも送迎してくれている連中が駆けつけて来てくれて、私を研究所に搬送してくれました。研究所で新しいタイプの手足を付け、そして焼損した外装は、人間の皮膚そっくりのコーティング材を塗布して元通りになりました。今回程度の損傷だと、修復に擁するのは、精々3時間程度ですね。」 様々な、そして突飛極まりない様々な情報を聞かされても、混乱気味の私の頭はそれらを中々受け入れることはできなかった。 その一方で、普段の冨澤の態度や行動について納得しつつもあった。 彼が様々な先端的な技術についてやけに詳しいのは、彼自身がその恩恵を受けているが故だったのか。 彼の立ち居振る舞いから溌剌とした若さが感じられないのは、その心身が機械のものと置き換わり、その動きがプログラミングされた人工的なものであるが故だったのか。 彼の声が全く個性がないのは、その音声は人工的な声帯が発するが故だったのか。 彼の手が矢鱈と冷たいのは、少し触った程度ではそれが人工物とは気付かぬ皮膚の下に一滴の血液も流れておらず、また、その更に下には、冷たい金属製の骨格を有しているが故なのか。
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