夏の友達

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 花の咲く道を登っていくと、いつもの沢の上流の方に出た。  「あ、ここに出るんだ。」  拓は新しい発見をして、清々しい気持ちがした。 「下の方まで行こう!」  悠哉がそう言って大きな石づたいに歩き出したので、拓も後に続いた。  石には苔が付いていて、沢を流れる水の飛沫で濡れていた。 「滑るなよ!」  拓が言うや否や、悠哉は足を滑らせた。 「危ないっ!」  「わっ」と言って体勢を崩しかけた悠哉の腕を、拓は咄嗟につかんだ。  悠哉の腕は、氷のように冷たかった。  瞬間、驚いた拓はつかんでいた手を離してしまい、悠哉は体勢を崩して石に膝を打ちつけた。 「ご、ごめんっ! 大丈夫…?」  我に返った拓は悠哉の膝を見る。  皮がむけたにも関わらず、悠哉の膝小僧からは血が出ていなかった。  悠哉は何も答えなかった。  沢を流れる水の音がやけに大きく聞こえた。  しばらく黙っていた悠哉が口を開いた。 「ははっ、転んじゃった。」 「大丈夫…? ごめんっ、手離しちゃって…。」 「大丈夫大丈夫。よく転ぶんだよ。」  悠哉は背中を向けたまま立ち上がる。  そのとき、ぽつ、ぽつ、と雨粒が顔にあたった。  空を見上げると、山の上流の方に灰色の雲がたまっていた。 「夕立かな…。」  悠哉は、ぽつりとつぶやいた後に言った。 「水かさが増えると危ないから、早く帰ろう。」  悠哉はそのまま、今度は注意深く石をつたって沢を下りて行った。  拓も後に続き、二人は山を出た。 「雨がひどくならないうちに早く帰りなよ。」  悠哉はそう言って、背を向けて歩き出した。 「悠哉も気をつけて!」  拓はそう言うと、帰っていく悠哉の後ろ姿を見つめた。  いつも別れるとき、拓のほうが先に歩き出して、それを悠哉がずっと見送っていたことを思い出していた。  もしかすると、悠哉は自分の姿が見えなくなった後で山の中に戻って行っていたんじゃないか、拓はふとそんな気がした。  悠哉の後ろ姿は、やがて山に沿ってカーブを描く道路の向こうに消えていった。 「そんなわけ、ないか。」  拓も振り返って、帰路についた。
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