夏の友達

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 翌朝、朝食を食べた後、拓は夏休みのお手伝いの「げんかんそうじ」を慣れない手つきで済ませた。  新学期に提出する夏休みの計画表のお手伝いの欄に○をつけると、恵子に麦わら帽子を被せてもらって外に出かけた。   ジリジリとした太陽が照り付け足元の影は短い。都会では聞いたことのないような大音量でセミが鳴いている。  拓は日陰をつたうように歩いた。  まだ家を出て数分しかたっていないが、額を汗が流れた。今朝恵子が持たせてくれた水筒の麦茶を一杯飲む。  拓は、以前何度か明と一緒に行った近くの山に遊びに行くことにした。  山の入り口に立つと、中は薄暗かった。拓は周りを見回しながら注意深く奥へと進んでいった。  山の中はここまでの道のりとは打って変わってひんやりと涼しい。  拓は大きく深呼吸をした。草や土の匂いが胸いっぱいに広がる。なんだか嬉しくなって、拓は何度も深呼吸を繰り返した。  そうしている内に、少し怖かった気持ちも薄らいできた。  木の幹に生えているキノコを眺めたり、鳥の声にあたりを見回したりしながら奥の方へと進んで行った。  どのくらい進んだのだろうと振り返った瞬間、ジジッと大きな音をたてて何かがこめかみのあたりにぶつかってきた。「わぁっ」と大きな声をあげて拓は尻餅をつく。  とその時、木の影から「ふふっ」と人の笑い声のようなものが聞こえた。  拓はぎょっとして声のしたほうを鋭く見る。 「ふふふっ。」  やはり気のせいではないようだった。  拓は尻餅をついたまま後退りしながら、手に触れた小石をつかみ、振り上げた。 「誰かいるのかっ。」  気丈に出したはずの声は震えていた。 「危ないよ。石を投げないで。」  声は答えた。 「出てこい。」  拓は手を振り上げたまま、低く言った。 「石を投げないなら出て行くよ。」  拓は一瞬迷いつつも、素直に石を持つ手を下ろした。自分に何か危害を加えてくるような声ではないと感じたのだ。  すると、木の影からひょこっと男の子が出てきた。背格好は拓と同じくらいで、にこにこしている。  拓は少し面食らった。 「だ、誰…?」 「悠哉(ゆうや)だよ。」 「ゆうや…。」 「ここでよく遊んでるんだ。小学五年。君は?」 「僕は…、拓。俺も小五。」 「同い年なんだ! じゃあさ、拓って呼んでいい? 俺のことも悠哉って呼んでよ!」  悠哉は嬉しそうに拓に近づいてきた。  声の主が同い年の男の子だとわかって、拓は少しほっとして立ち上がった。 「いいよ、…悠哉。」  拓は少し照れ臭かったが、そう言ってみた。  小学生を五年もやっていると、いくらクラス替えがあるといっても、こんなふうに初めて同士自己紹介をすることは滅多にない。 「拓、さっき拓にぶつかったの、セミだよ。」 「え?あぁ、さっきの、あれ、セミなの?」  悠哉はおかしそうに笑って、セミは突然思わぬ方向からぶつかってくることがあるのだと教えた。
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