2-(1) ざわめき

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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  次の10分休み、俺と御子神は非常階段の踊り場にいた。  教室の移動でこの階段を使う生徒も時々いるが、わざわざ立ち止まって人の話を盗み聞こうとする者はいない。  御子神は白いペンキの塗られた柵に寄り掛かって、おもむろに聞いてきた。 「倉橋は、久豆葉ちゃんの周りで違和感を覚えたことってないか?」 「違和感? 例えばどんな?」  『あれ』に関係することだろうか?  俺とあきらはいつも同じ日に学校を休むし、一緒に早退するし、数日前の昼休みの騒ぎも噂になっているだろうから、違和感というものには心当たりがありすぎる。 「うーん……久豆葉ちゃん本人は前から何も変わっていないようなんだけど、周りが少しずつ変になっているというか」 「変?」 「みんな久豆葉ちゃんを目で追ってるんだ」 「そりゃファンの女子生徒は……」 「違う。クラス全員なんだよ。女子だけじゃなくて、男子も、担任も」 「先生まで?」  確かD組の担任は中年の男性教師だったはずだが。 「この前、ええと二週間くらい前のホームルームの時間だったんだけどさ。連絡事項をつらつら話していた先生が、急にぴたっと黙り込んだんだ。で、何だろうと思って顔を上げたら、久豆葉ちゃんがウトウトしちゃっているのが見えた」 「怒られたのか」 「ううん。先生はじーっと久豆葉ちゃんを見つめているだけで、怒るどころか注意もしなくてさ。何かおかしいと思って周りをきょろきょろしたら、先生だけじゃなくてクラス全員が居眠りする久豆葉ちゃんをじーっと見つめていて、まったく、1ミリも、動かないんだ」 「は……?」  ぞわっと背筋が寒くなる。 「怖いだろ、ゾクッと来るだろ」  俺は何と言っていいのか分からず、片手で口を押えた。 「それから俺はクラス内を注意深く観察するようになって、もっと気味の悪い事実に気付いてしまったんだよね、聞きたい? 聞きたいよね?」 「さっさと話せ」 「うわ、倉橋ノリ悪い」 「いいから続けろよ」 「はいはい、そんな顔しないで。でね、休み時間になると、うちのクラスはみーんなで久豆葉ちゃんの方を向いているんだ」 「だから?」 「だーかーらぁ、一人や二人じゃなくてクラス全員なの! 別に何かするわけじゃないけど、とにかく全員で久豆葉ちゃんのことを、じーっと目で追いかけている。久豆葉ちゃんは見られるのに慣れているからか、普段通りに俺のギャグで笑ったりしているんだけどさ。なんか……俺以外みんな久豆葉ちゃんに恋しちゃったみたいに、いや、恋っていうより信奉? 狂信? どういう言葉を使うのが正解か分からねぇけど、とにかく今のD組の雰囲気はすっげぇおかしいんだよ」
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