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「どうしたんですか? 二人とも変な顔をして」
吉野が不思議そうな顔で立ち上がろうとするのを、俺は手で制した。
「いや……部室棟の前にいっぱい人が集まっていて」
「ああ、いつもの久豆葉君のファンですか?」
「いやあれは、ファン……なのか……?」
疑問形になってしまったのは、部室棟の前に集まっている人達が異様な目をしてこちらを見上げていたからだ。
例えばアイドルの出待ちのように、華やいだ雰囲気のファンがキャピキャピと興奮状態で集まっているのなら、苦笑するだけで済んだはずだけれど……。
今、そこに集まっている何十人もの人たちは、一様にうつろな目をこちらに向けたまま、何も言わずにぼうっと立っていたのだ。
しかも、おそらくこれは今日だけのことじゃない。昨日、御子神が目撃しているし、きっと俺達がオカ研に入ってからのここ数日、あの人達は昼休みの度に部室棟の前に立っていたのだ……。
「ファンというか、なんというか、まるであきらを崇める狂信者みたいだ……」
俺の声を聞いて、あきらはいきなりカーテンを全開にして、ガラガラと窓を開け放つ。
その瞬間、まるで催眠術が解けたかのように、下の集団がきゃーきゃーと騒ぎ出した。
「あきらくーん」
「あきら君、笑って―」
「あきら君、こっち見てー」
あきらを呼ぶ甲高い声が響き渡る。
あきらは大きく息を吸うと、窓の外へ向かって叫んだ。
「みんな! 教室に戻って! こんなところにいないで、自分のお昼ご飯を食べてよ!」
歓声がぴたりとやんで、辺りがシンと静まり返る。
「きゅうけい……?」
「そうね、お昼をたべないと……」
「あきら君がそう言うなら……」
「そうね、戻らないと……」
あの時と同じようにさわさわと囁きが広がっていく。
「さぁ、すぐに戻って! こんなところで立ってないで!」
あきらが悲鳴のように叫ぶと、窓の下の集団がのろのろと後ろを向き始め、ゆっくりゆっくり教室棟の方へ戻って行く。
集団の後ろ姿を睨む様に見つめていたあきらは、音を立てて窓を閉め、乱暴にカーテンを閉めた。
「あきら……」
ぎゅっとカーテンをつかんだまま、あきらは下を向いている。
「俺は、こんなこと望んでいないのに……」
吐き出すように言ったその声が少し震えている。
「友哉……俺のこと怖くなった? 気味悪いと思う……?」
あきらの声は悲痛だ。
「そんなわけないだろ! あきらは何も悪くない。十年間一緒にいた俺が保証してやる。あきらは正真正銘、普通の高校生だよ。おかしいのはあいつらだ」
あきらはやっと顔を上げた。
半べそをかいた、子供みたいな表情で、助けを求めるように俺を見ていた。
「友哉、俺のこと嫌いにならないでね」
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