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キッチンに向かうと母さんが椅子に座って、テーブルの上に白い紙を広げている。
「母さん、ジュースある?」
「夜は麦茶にしなさい。虫歯になるわよ」
「分かった」
冷蔵庫から麦茶のボトルを出してコップに注ぐ。ごくごくと飲んでふと、母さんが見ている白い紙の上に目をやり、俺はコップを落としそうになった。
「母さん……? それ何?」
「あきら君の髪よ」
「は、え? 何?」
「あきら君の髪を数えているのよ」
「数える? あ、あきらの髪を? なんで?」
「何でって…………綺麗だから」
白い紙の上には茶色がかった色の髪の毛が数十本も並べられていて、母さんはその中の一本をつつつーっと指でなぞった。
ぞわりと鳥肌が立つ。
「綺麗だからって、え……? ど、どういう……?」
「眺めていると幸せな気持ちになるの」
「え……ち、ちょ、意味が……」
動揺して言葉がちゃんと出ない。
俺はコップをテーブルに置き、必死に呼吸を整えて母さんに聞いた。
「そんなにたくさん、どうやって集めたんだよ」
「それは毎日お部屋の掃除をしているもの。あきら君のベッドとか枕とかからコツコツと拾い集めて、ほら、72本もあるのよ」
口元はかすかに笑っているのに目がうつろで、母さんの様子はどこかおかしい。
「素敵でしょう? 艶々していて触り心地がいいし、とてもいい匂いがするのよ」
うっとりした顔で、母さんがその髪の毛の匂いを嗅ぐ。
強烈な吐き気が襲ってきた。
「やめろ……」
「ええ、なあに」
「やめろよ! こんな気色悪い真似なんて!」
俺は並べられた髪の毛をガシッとつかんでゴミ箱に放った。
「ああ、せっかく集めたのにもったいないじゃない」
母さんがゴミ箱に手を入れようとするのを、叩くようにバシッと振り払う。
「やめろって言っているんだ!」
「どうして怒るの」
「こんな気味の悪いことをしているからだろ!」
「気味悪いなんて、とっても綺麗じゃないの」
話が通じない。
母さんの目は俺を見ていなくて、空虚に濁っていてぞっとする。
「母さん、あきらに何かしていないだろうな」
「何かって」
「あきらが嫌がるようなことだよ!」
「あきら君が嫌がることなんてするわけがないわ。あきら君はとっても大事で、あきら君はとっても大切で、あきら君は宝物で、あきら君はかけがえのない子で、あきら君は」
「母さん……」
本能的な嫌悪感に、俺はじりっと後退りした。
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