2-(2) あきらのことばかり

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 うつろな目、平坦な口調、母さんの様子は学校の奴らと同じだ。  まわりの連中がどんどんおかしくなって、あきらが不安定になっているこの時に、家の中までも安住の地ではなくなってしまうのか。  味方でいてくれるはずの親が、恐ろしい敵に見える。 「か、母さん、よく聞いて」  喉の奥が干からびたように、声がひどくかすれてしまう。 「抜け毛を集めて保管するなんて、あきらは絶対に嫌がるから」 「そうなの」 「あきらの嫌がることはしないんだろ?」 「あきら君の嫌がることなんてしないわ」 「じゃぁもう二度とこんなことしないで」 「ええ、もう二度としないわ」  聞き分けが良すぎて、逆に気持ちが悪い。  母さんが、母さんじゃないみたいだ。  俺はその場の空気に耐えられなくなって、逃げるようにキッチンを出た。  階段を駆け上がり、自室へ飛び込む。魔除けに囲まれた部屋の中央で、俺は深く深く息を吐いた。両手で顔を覆い、どうしたらいいのか考える。  母さんがおかしくなったということは、父さんだっていつおかしくなるか分からないということだ。学校での異常な信奉者達は、今のところ直接何かをするわけじゃない。母さんも、抜けた髪の毛を集めただけで、直接あきらに何かしたわけじゃない。  でも、この先エスカレートしないと言えるだろうか。  もしも父さんか母さんが、あきらに性的ないたずらでもしたら……。 「ぐっ、うっ」  ちょっと考えただけで吐き気がする。  俺は机の引き出しを開けて、お小遣いを貯めている自分名義の通帳を取り出した。預金は30万円くらいしかない。この金額であきらと二人、どのくらいの期間暮らせるだろうか。  そもそも子供だけでは部屋も借りられないし、働く業種も限られてしまう。  それに御前(みさき)市を出られないなら、すぐに見つかって連れ戻されてしまうだろう。 「どうしよう、どうしたらいい」  気持ちの悪い想像ばかりが頭をめぐって、考えがまとまらない。  父さんと母さん以外に頼れる大人なんて知らない。1年D組は先生までおかしくなったと御子神が言っていたから、他の教師も信用は出来ないだろう。 「そうだ、御子神……」  学校の中で御子神と吉野だけは、おかしな様子は見られなかった。彼らなら信頼できるだろうか。でも、二人ともまだ高校生だ。俺達に頼られても困るだけだろう。  けれど、このまま家にいて大丈夫なのかが分からない。最悪のことが起こる前に、少しでも早くこの家を出た方がいいんじゃないか。  ホテルって泊まるのにいくらかかるんだろう。どこか安いところを探して……。でも未成年だけで泊めてくれるのかな。最悪の場合、野宿することも考えて……。
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