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「あきらを気持ち悪く思うわけがないだろ!」
俺はあきらの顔の前に、ばっと通帳を開いて見せた。
「なに?」
「貯金これくらいしかないけど、これで俺と一緒に家を出よう」
「そんな必要ないよ」
あきらが通帳を押し返してくる。
「だって嫌だろ? 親代わりの大人が自分に迫ってくるなんて。俺なんか考えただけで吐きそうになる」
「おばちゃんが悪いんじゃないんだ。出て行った早苗さんも、学校のみんなも、きっと何も悪くないんだよ」
あきらがうなだれると、落ちてくる髪がその表情を隠す。
「最初は早苗さんがおかしいんだと思っていた。でも違った。俺が関わるとみんなおかしくなるんだ。学校でも、家でも、俺がみんなを狂わせているんだ。だから……出て行くなら俺ひとりで」
「だめだ、ひとりでどこへ行くつもりだよ? 境界線から出られないんだぞ」
俺はその頬を両手で包んで、むりやりあきらの顔を上げさせた。
「行くなら一緒だ。俺とお前の二人で家出する。二人なら野宿でも何でもできるだろ」
あきらは俺の両の手首をつかんで、ぐいっとはずした。
「友哉、呪われているのは俺だけなんだよ」
「だから? もしそうだとしても何も変わらないだろ?」
「ぜんぜん違うじゃんか! 友哉も、おばちゃんも、巻き込まれただけなんだよ! 俺が出て行けば、きっとすぐ元のおばちゃんに戻るよ。だから俺ひとりで……」
「やめてくれ。あきらをひとりで行かせてしまったら、俺はもう日常に戻れなくなる」
「どうしてだよ! 俺が消えれば呪いも消えて、ぜーんぶ元通りだろ」
俺はあきらの腕をつかんだ。
力いっぱいつかんだ。
なのにまた簡単にはずされてしまう。
悔しくて、悔しくて、仕方が無かった。
俺に何の力もないから、俺に何の知識もないから、あきらにこんなことを言わせている。
「あきらがいなくなったら、すべて元通り……? そんなわけないだろ? だって、あきらがいないんだぞ。十年間を一緒に過ごした大切な親友を失ってしまって、俺はそのあと普通に生きていけると思うのか?」
「友哉……」
「立場が逆だったらどうだ? お前は俺を忘れて、そのあと普通に生きていけるのか?」
あきらは瞳を潤ませ、唇を強く噛んだ。
つられたように、俺の目もじわりと潤んでくる。
「俺は、ずっと考える。ずっとずっと考え続ける。あきらを想わない日は無いと断言できる。怪我をしていないだろうか、ひどい目にあっていないだろうか、もしかしたらどこかで、し、死んでしまったら……って、ずっとずっと、一生あきらのことばっかり考えて……」
我慢しきれなくなって、涙がぽろぽろとこぼれた。
「今まで十年間、一緒に戦ってきたんだ。最後まで、一緒に戦わせてくれよ」
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