31人が本棚に入れています
本棚に追加
「分かるよ。すごく嫌な気配がするもん」
「そ、そうか」
俺はベッドの下に手を突っ込むと、小さな木箱をふたつ取り出してローテーブルに並べた。何の模様も無い黒い木箱と、破れたお札が貼ってある白っぽい木箱のふたつだ。
あきらはそのふたつの木箱を見ると、小さく息を吐いた。
「やっぱり友哉が持っていたんだ」
「この木箱の存在を知っていたのか」
「うん。てっきり早苗さんが持って行ったのかと思っていた。なんで友哉が隠してたの?」
俺はふたつの木箱を見るふりをして、あきらから目をそらした。
「あきらを、怖がらせたくなかったんだ」
違う。怖かったのは俺の方だ。
あきらがじっと俺を見ているのが分かる。その目に心の中まで見透かされてしまいそうで、俺はさらに下を向いた。
あの時、あの人は俺に『あきらを守れるか』と聞いた。そして俺の答えを聞くと、ガリガリとお札をはがして白い木箱の蓋を開けてしまった。ずしりとあきらの重みを腕に感じた瞬間に、決定的な何かが始まってしまったんだと俺は悟った。
でも俺はそれを直視したくなかったし、あきらにも直視させたくなかった。今の状態のままで留まっていたいという、俺の怯えや甘えだったんだと思う。
「ごめん……」
「謝る必要なんてないよ。怖いのは本当だから」
「あきらは、これが何か知っているのか」
「正確には分からない。早苗さんは、俺の世界を終わらせる箱だって言っていた」
「終わらせる? え、どっちの箱が?」
「どっちの箱もだよ」
「ええ」
あきらは黒っぽい箱の方に人差し指を向けた。
「そっちは今すぐ死ねて楽に終わる箱」
次に、破れたお札のついた白い箱へ人差し指を向ける。
「こっちは自分で自分の世界を壊してしまってゆっくり終わる箱」
「どういう意味?」
あきらはゆっくり首を振った。
「あの夜、早苗さんは俺の部屋に来て、箱を選べって言ったんだ。どちらを選んでも今までの俺の世界は終わるけれど、どういう風に終わるのかを選ばせてあげるって」
「なんで、そんなこと」
「多分、早苗さん自身が終わらせたかったんじゃないのかな」
そうだ。あの時、彼女は限界だというようなことを口にしていた。
「それで選んだのか」
「ううん。俺は選べないって答えた。そしたら早苗さんが……」
あきらの視線が黒い箱に向けられる。
俺があのボロアパートに飛び込んだ時、すでにこちらの蓋は開けられていた。
「叔母さんが、すぐに死ぬっていう方の箱を開けたんだな」
最初のコメントを投稿しよう!