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俺達の会話を聞きながら、吉野は何かを考えるように左の耳を触ってから左の頬に手を置いた。
「干渉を受けない能力ですか……。でも、僕は幼い頃にたった一度だけ、霊的なものの声を聞いたことがあるんですよ」
「声? どんな声ですか?」
御子神が興味津々で食いつく。
「そうですね。どんなといわれると、ただただ怖かったような……」
こちらを向いた吉野の左肩のあたりが一瞬ゆらりと揺れた。ぎょっとして、もう一度よく見ると、空気の揺らぎのようなものは消えていた。
見間違いかと思って首を傾げていると、吉野が話し出した。
「僕がまだ4歳か5歳くらいのことだったんですが、家族で三乃峰の森林公園に遊びに行ったんです」
「ああ、俺も何度か行ったことがあるし、久豆葉ちゃんを誘ったこともある……んだけど」
御子神に視線を向けられて、あきらはバツが悪そうな顔をした。これまであきらは、御子神の誘いを全部断っているのだ。
「ごめんね、俺、御前市を出られないんだよ」
「嘘くさ」
「ほんとだって」
「まぁいいけど。それで? 森林公園で何があったんですか? あそこは家族連れに人気ですよね、アスレチック公園とかもあって」
「はい、僕も両親が見守る中で、姉とアスレチックで遊んでいたはずなんですが、気付くと誰もいない山道に入ってしまっていたんです」
「迷子ってことですか」
「そうなんです。僕はすごく焦ってしまってあちこちウロウロと歩き回って、ますます鬱蒼としたところへ進んでしまっていて、辺りは暗いし風が吹くたびにザザザーとすごい音がするし、もう怖くて怖くて、僕はその場にうずくまって動けなくなってしまったんですよ」
吉野の声に合わせるように、風がザザザーっと木々を揺らす。
あきらがびくっと空を見上げた。
「風が強くなって来たな」
「う、うん」
「それで? その山の中で幽霊の声ってのが聞こえたんですか?」
御子神の質問に、吉野がうなずく。
「はい、聞こえました。幽霊のものかどうかは分かりませんが、左耳に」
「左耳に?」
「そうなんです。こっちのすぐ耳元で言っているみたいに、すごく近くから聞こえたんです。『帰れ』って」
吉野が指で示す左耳のそばが、またゆらめく。
何かいるのか……?
俺は身を硬くしたが、御子神もあきらも何も感じていないようだった。
「声はどんな? 男ですか、女ですか?」
「どっちとも取れるような感じだったと思います。その声が、帰れとか、戻れとか、そういうことを繰り返し繰り返し耳元で言うんです。周りに誰もいないのにすぐ近くから声だけが聞こえるから、僕はもうびっくり仰天してしまって、訳も分からずそこから全力疾走で逃げ出しました。それでふと気が付いたら家族がいる広場に出ていたんですよねぇ。……あれは、何だったんでしょうか」
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