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「その声を聞いたのは、一回だけなんですか?」
「はい、それ以来、その声は聞いていません」
「へぇー、森の主とかそういうのですかね? 神聖な場所へ入ってくるなーって怒ったんでしょうか」
御子神の声に反応するように、吉野の左側がまたゆらゆらする。
俺はとっさにあきらの腕をつかんで、吉野から離すように引っ張った。
「どうしたの、友哉」
「いや……」
あきらが気配を感じないのなら、このゆらゆらは『あれ』とは違うものだとは思う。
だが俺は、何かあった時にすぐ盾になれるようにと、あきらと吉野の間に割って入った。
「吉野部長は、その声のおかげで家族のもとに戻れたんだよな」
あきらを後ろに庇いつつ、不自然にならないように会話を続ける。
「はい、無事に。その後は両親と姉と一緒にお弁当を食べて、楽しく遊んで帰りましたよ」
「その後、何か悪いことが起こったりしたか?」
「いいえ、家族全員無病息災です」
「そうか……。じゃぁ、守ってくれたんじゃないか?」
「え?」
「4、5歳の子が山の中で迷子なんて、どんな危険があるかも分からない。その声の主はあんたのことが気に入って、事故や事件に巻き込まれないように守ってくれたんだと思う」
吉野は嬉しそうにふわりと笑った。
「そうだったら、まるで僕の守り神みたいですね」
その笑顔の左側が、今度こそはっきりゆらめいた。
ドキリとして一歩下がると、あきらにぶつかってしまった。
「あ、悪い」
「ううん。友哉もしかして寝不足? 疲れてるなら手を引っ張ってあげようか?」
あきらの口調は本当に心配しているようだったので、俺は笑って首を振る。
「大丈夫。昨日もあの後すぐ寝たよ」
「ほんと? 疲れたらすぐ言ってね」
「ああ……」
吉野がパシッと両手を合わせた。
「さて。何も見えない才能を持つ御子神君と、守り神のついている僕が一緒ですからね。大船に乗ったつもりで行きましょう」
「吉野さん、見えない才能って何か馬鹿にしていません?」
「いえいえまさか」
怪異の影響を受けないと思われる御子神と、守り神のいるらしい吉野、人間じゃないかも知れないあきら。
ハイキングコースを仲良く歩くこの四人の中で、普通の人間は俺ひとりだと思うと何だか不思議な感じがした。
急に吹いてきた風に、あきらが慌てて帽子を押さえる。
天気予報では晴れのはずだったのに、強い風が暗い雲を運んできていた。
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