3-(1) 友哉が隣にいないと

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 絶望感に抗って何度も何度も名前を呼んだ。  きっと数分のことだったんだろうけど、まるで永遠のような気がしていた。 「かはっ」  小さく、友哉が息を吐いた。 「友哉!」 「倉橋、分かるか、おい倉橋、返事をしろ」  ミコッチの呼びかけに友哉の答えは無い。  いつのまにか、黒い靄は完全に消えていた。 「ミコッチ……」  震える声で確かめると、ミコッチはうなずいた。 「呼吸は戻った。でも意識はまだ」 「うん、うん、でも、息をしているんでしょ」 「ああ、ちゃんと息をしている」  ぶわっと両目から涙が溢れた。  駆け寄って友哉の体を抱きしめたかった。  でも、結界のあっちとこっちで、俺達は別たれている。 「ミコッチ……救急車は三乃峰側に来るから、吉野部長と二人で運んで」  しゃくりあげながら伝える。 「いや、無理に動かさない方が」 「友哉は普通の病気じゃないんだ! 『あれ』の呪いにやられたんだから、できるだけ結界から遠くへ離した方がいいよ!」 「だけど」  ここまで来てなお、ミコッチは呪いを信じていないんだろうか。 「それに、今にも雨が降り出しそうじゃん。友哉を濡らして冷やしたくないし、ハイキングコースの足場が悪くなるのもまずいでしょ」  俺は自分のウィンドブレーカーを脱いで、結界の向こうに軽く放った。ミコッチがそれをキャッチして、友哉の体の上にぱさっとかけた。 「分かった。でも倉橋の家は御前(みさき)市の中じゃ」 「せっかく境界線を抜けたんだよ。こっちへ来ると大きな病院へ行けなくなる」 「そうだな。でも吉野さんは」  ミコッチの視線が、俺の後ろで腰を抜かしている吉野に移る。  俺は吉野を振り返った。  吉野は小さい声でぶつぶつ言いながら、震えてうずくまっていた。 「あ……あ……声がする……! ……帰れって声がする、左側から声が聞こえる……今すぐ戻れ、逃げろって叫んでいる……!」  吉野の左肩には小さな魔物が乗っていて、左耳にキーキーと何かを吹き込んでいる。頭が大きく手足の細いそれは、守り神なんかには見えない。せいぜい小鬼と呼ぶのがふさわしい。  俺は吉野の前にかがみ込んで、その左耳に取り付いている小鬼の体をむんずとつかんだ。  手の中でバタバタと暴れる小鬼に顔を近づけ、じろりと(すご)む。 「うるさい、黙れ」  小鬼はひきつけを起こしたみたいに、ひくっと痙攣した。
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