3-(1) 友哉が隣にいないと

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「吉野に危害は加えないから、しばらくその口を閉じてろよ」  小鬼は両手でばっと自分の口を押えた。俺はやっと黙ったその小さな魔物を吉野の左肩にひょいと戻す。 「く、久豆葉君……? え、今、何を?」  動転している吉野を正面から見る。 「吉野部長、ミコッチと一緒に救急車が入れる道まで友哉を運んで」  友哉がいるのは結界の外側だから、救急車に乗れれば大きな病院へ辿り着けるはずだ。けれど、ミコッチひとりで友哉を抱え、山道を降りていくのは危険が伴う。 「え……君はどうするんですか」 「後から行く」 「でも、境界線があるのでしょう?」 「大丈夫。この胸糞悪い結界はすぐ壊すから」 「ど、どうやって……?」  俺は肩越しに後ろを指差した。 「あいつらを使う」 「え、あの女の子達?」 「うん、それからファンクラブとかいうふざけた連中も全部使う。いつも俺のことをしつこく付け回してくるんだから、こんな時ぐらい役に立ってもらわないとね」 「え、で、でも」 「吉野部長。俺ね、今から人間のふりをやめるから」  吉野が目を見開く。 「久豆葉君、今なんて?」 「いいから! まずは友哉を助けて」  まだ動揺している吉野の腕をつかんで立ち上がらせ、境界線の向こう側へぐいと押し出す。 「吉野さん! 倉橋を俺の背中に乗せてください!」 「は、はい!」  ミコッチの叫ぶ声に反応して吉野が駆け出す。  吉野がぐったりした友哉を抱き上げようとして、あっと驚いた声を出した。 「え、なんで……すごく熱い」 「熱があるの?」 「はい、すごい高熱です」  それも『あれ』のせいなんだろうか。  すぐそこにいるのに何も出来なくて、自分の無力を思い知る。 「大丈夫だ、久豆葉ちゃん。絶対に倉橋を無事に病院に連れて行くから!」 「うん、うんお願い……」  ミコッチに背負われ、その背中と尻を吉野に支えられ、友哉の姿が遠ざかっていく。  本当なら俺が友哉を抱えて行きたい。他の奴なんかに任せたくない。 「友哉……」  俺は忌々(いまいま)しい結界に両手をついて、ミコッチに背負われた友哉の姿が坂を下り木々に隠れて見えなくなってしまうまで、じっと見送った。
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