3-(1) 友哉が隣にいないと

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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  ぽつぽつと降り出した雨の中を、吉野に教えてもらった地図アプリを見ながら歩く。  友哉の搬送先は三乃峰総合病院だとリンリンで連絡が来たので、すぐに車を拾えそうな場所まで近づいておきたかった。  時々ハイキングコースを外れ、結界を触って確認する。まだ完全には消えていないけど、消えるのも時間の問題だと思う。結界を壊すためだけに、ここから見えるだけでも百人以上の人達が動き回っているんだから。 「リンリンの拡散力ってすごいんだなぁ……」  数十分前、俺は群がってくる女どもに撮影させながら、その中のひとりに近くの道切りをひとつ木からはずさせた。そして大げさなくらいに褒めてやり、分かりやすく頭を撫でてやった。  『久豆葉あきらが女の頭を撫でる動画』というのは、それだけでかなりインパクトがあったみたいで、一時間もしない内にこれほどの大騒ぎになっている。  境界線が何の線なのか、道切りとは何なのか、そんな説明なんて別に必要なかった。俺はただ、その動画と境界線の地図データをセットで広めるようにと指示しただけだ。  たったそれだけで、このハイキングコースにも、鹿塚山にも、市街地にも、あの堤防のある港にも、俺に褒めてもらいたい人間が境界線上に集まって、必死に道切りを探している。 「あきら君、これ、これ見てください」  野太い声に驚いて振り向くと、D組の担任教師が道切りを手に立っていた。 「先生……?」 「はい、あきら君はこれが欲しいんでしょう」  両手でそれを差し出してくるから、俺はひきつりそうな頬を押さえて無理に笑顔を作った。 「先生、それをほぐして中から白い欠片を出してみてくれる?」 「は、はい。あ、これですか」 「うん。そうしたら、その白いのを地面に落として粉々に踏みつぶしちゃってよ」 「分かりました」  担任教師は嬉々として俺の指示に従い、マジナイに使われた何かの骨を砕いた。 「これでいいですか、あきら君」 「上手だよ、先生。じゃぁ、他のみんなにも同じように教えてあげてね」 「はい、分かりました」  どうやら動画の拡散された範囲はファンクラブ内だけに留まっていないらしく、周囲を見回すと知らない大人の男女もけっこう混ざっている。  人の心に作用する俺の力と、拡散力のあるネットのツールというものは相性が良すぎるのかもしれない。使い方によってはどんな悪事も出来そうだ。  その時、リンリンの通知音が小さく鳴った。  俺は急いでアプリを開く。  ミコッチからだった。 『倉橋はさっき無事に病院に着いたよ。倉橋の両親にも連絡したから、すぐに来ると思う』 『救急隊員にも医者にも原因を聞かれたけど、なんて答えればいいのか分からなかった』 『久豆葉ちゃん、あれはほんとに呪いだったのか? 呪いに医学で太刀打ちできるのか?』  3つのメッセージが立て続けに表示されていく。  雨粒がぽつぽつと画面に落ちる。  それを袖先で拭って、俺はミコッチに返信した。 『頑丈そうな男一人と、カッターでもハサミでもいいから刃物を用意しといて』  そしてもう一言付け足した。 『すぐに行くね』  少しずつ雨が強くなってきていた。  俺はスマートフォンをポケットに入れて、足を速めた。
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