(2)わたし、カリン、今あなたの後ろにいるの

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(2)わたし、カリン、今あなたの後ろにいるの

 今回の依頼に関する資料と、104号室、103号室の鍵をあきらに渡して、不動産屋の山川は素直に帰って行った。声質や話し方の印象は若く礼儀正しい人のようだったけれど、強引にあきらを誘っていたので油断はできない。 「大丈夫か、あきら。山川さん……びっくりしたな」 「うん。ナンパ第一号が男性って初めてじゃないかな」  引っ越しをするたびに、あきらは必ずナンパされるし告白されるしストーカーされる。見た目が華やかなせいもあるけど、その体に流れる血が強く人を惹きつけるのだとか。  俺には恋愛経験がひとつも無いから良く分からないが、あきらが言うには引っ越して最初の2ヶ月くらいは、言い寄る相手も普通のアプローチをしてくるからうまくかわすことが出来るらしい。でも、二か月を過ぎるころから相手が少しずつおかしくなっていって、身に危険を感じるくらいにまでエスカレートしてしまうのだという。    あきらに言い寄ってくるのは九割が女性なんだけど、危ないところまでエスカレートするのは男性の方が多いと言っていた。実際に俺もとばっちりで嫌がらせを受けたことがあって、大怪我につながりかねない恐ろしい体験をしたこともある。 「ここにはあまり長くいない方がいいだろうな」 「山川さんは多分大丈夫だよ。勘だけど」 「そうか?」 「うん」  俺は手に持っていた水を口に運ぶ。 「う……水があったかくなっている」 「あはは、俺はあったかいソーダ飲み切っちゃったよー」  まだ何もしていないのに汗をかいてしまい、とにかく水分補給している。あきらは空になったペットボトルと汗を拭いたタオルを俺の手から受け取った。 「山川さんのくれたファイルには間取りとかも書いてあるけど、他はほとんどハルからのリンリンと同じ内容だから置いて行くね」  車のドアを開け閉めする音が聞こえる。 「友哉、疲れてない?」 「移動中ずっと寝ていたから大丈夫だ」  俺は右手をひょいと前に出す。案内して欲しいという意思表示だ。あきらは阿吽(あうん)の呼吸で俺の手を取って自分の腕につかまらせた。 「障害物は無いけど、足元はデコボコだから気を付けて」 「分かった」  あきらが歩き始める。俺はその汗ばんだ腕につかまって半歩後ろをついていく。うるさいほどの蝉の声と、砂利を踏みしめる二人分の足音。  真っ暗な視界の中で、少し先を歩く二匹の狼と、その向こうにぼんやりと浮かんでいる6つの人影だけが見えている。 「とりあえず104に行く? 俺らは空き家になっている103に入居する予定だけど」 「まずは104だな」 「了解」
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